2018年8月号
特集
変革する
対談
  • ウシオ電機会長(左)牛尾治朗
  • フューチャー会長兼社長(右)金丸恭文

いかに変革を続けるか

牛尾治朗氏は若い逸材を見抜く名手である。その牛尾氏がかねて目をかけてきた人に、金丸恭文氏がいる。若くして日本初のITコンサルティング会社を立ち上げた金丸氏は、現在は国の変革にもその力を遺憾なく発揮し、まさに時代をリードしてきた変革者。その金丸氏が師と仰いできた牛尾氏もまた、50年経営の一線に立ち続けている変革の経営者である。ともに未開の地平を切り開いてきた2人が、ここに会して語る変革の道——。

この記事は約27分でお読みいただけます

世代を超えて時が繋がる時

牛尾 金丸さんのような先端分野で活躍している人が『致知』に登場するのは珍しいと思うけれども、今回は「変革する」というテーマをいただいたので、それなら変革の最前線に立っているあなたがいいだろうと思ってご登場いただきました。

金丸 いや、人生の師と仰いでいる牛尾さんと対談なんて、恐縮の極みです。私の話はわりと先端的なものばかりですが、先輩経営者の中で一番反応してくださるのが牛尾さんです。
iPadアイパッドが初めて登場した時も、これを分解して見せたら誰が一番喜んでくださるかなと思って、ピンと頭に浮かんだのが牛尾さんでした。
案の定、あの薄っぺらな筐体きょうたいの中に半導体がびっしりと集積されているのをお目にかけたら、牛尾さんはその瞬間からiPad通みたいになられて、「外から触ったことはあっても、中を見たことはないでしょう」と、他の経営者の方々に触れ回っていらっしゃいましたね(笑)。

牛尾 iPadを分解するという発想にまず驚きましたが、中を見せてもらってさらにビックリしました(笑)。いまの先端技術がどれほどすごい勢いで進歩しているかというのを、肌で感じることができました。

金丸 いまの日本に足りないのは、そういう体験だと思うんです。人の話を聞くだけでなくて、そうやって直接触ってみたら、いま起きている変化がよく分かるんですけどね。
それはともかく、牛尾さんとはもう何年もお付き合いをさせていただいていますが、私の中では最初にお目にかかった時の感覚のままなんです。私がああだ、こうだとお話をさせていただくのを、牛尾さんはいつも「うん、それで?」と熱心に耳を傾けてくださる。
逆に私のほうは、牛尾さんの教養の幅と深さにいつもビックリさせられます。安岡正篤まさひろ先生のお話など、哲学的、思想的なこともしっかり勉強なさっていて、普通の経営者の枠をはるかに超えていらっしゃいますよね。
食事をご一緒させていただく時には、私よりさらに若い人を連れて行きますから、そうすると私を挟んで40年か半世紀くらいの時間がつながるわけです。そういう場で、あの時日本の政府はこうだった、総理はこんなことを考えていたと、歴史の生き証人のような立場で話を聞かせてくださるものだから、若い人は皆興奮するんですよ。我われの仲間はいつも同じような環境で仕事をしていますから、牛尾さんとお目にかかると、時が繋がり、幅が広がって、すごく有益な時間を過ごすことができるんです。

フューチャー会長兼社長

金丸恭文

かねまる・やすふみ

昭和29年大阪府生まれ。53年神戸大学工学部卒業。TKCに入社。60年NTTPCコミュニケーションズ取締役。63年インフォネクス常勤取締役。平成元年フューチャーシステムコンサルティング(現・フューチャー)設立、社長に就任。現在は同社会長兼社長グループCEOの他、経済同友会副代表幹事、内閣府規制改革推進会議議長代理なども務める。

ITを駆使して農業改革を実現

牛尾 これからの時代は、ITの本質が分からない人には社会変革を起こせないと私は思っているけれども、金丸さんは銀行や流通の戦略システムをつくる仕事を手掛けてこられて、社会的な広い視野を持っている。規制改革会議では、一筋縄ではいかない農業改革の素案を見事にまとめ上げましたね。

金丸 もともとそうした社外活動は、牛尾さんの導きで経済同友会に入ってから始めたわけですが、農業なんてまったくの門外漢でしたから、最初に要請された時にはびっくりしました(笑)。けれども、地方経済に占める一次産業の割合は全国的に高いですから、これを活性化して成長産業化するというのは、確かにいまの日本が取り組まなければならない重要テーマです。

牛尾 そのとおりですよ。

金丸 これまで一次産業というと、生産性が低くて、買い叩きにあっていて、せっかくよいものをつくっても安く提供しなければならない構造がありますね。そのために、農業では耕作放棄地が年々増え、従事者の高齢化も進んで、若い新規参入者も来ないために、継続の危機にひんしているわけです。
けれども世界を見渡すと、一次産業の先進国というのはハイテクで武装をしてつらい仕事を辛くないようにしていますし、自然環境とのせめぎ合いについてもセンサーを置いて日々起きることをリアルタイムで把握するなどして、自動制御型の産業に変えていっています。
林業でも、森林に入ってスマートフォンで対象の木を撮ると、直径どのくらいの丸太が取れるかが分かりますから、その情報を事業者に提供して瞬時に売買を成立させることもできますし、需要がなければ伐らなければいい。従来だと、木を伐って、運んで、並べて、そこでさあどうですかって売り始めるわけですから、ニーズがなければせっかく伐ってきた木が無駄になってしまうわけですが、ITを導入することで、余計なコストもかからなくて済むわけです。
ところがそういう改革をやろうとしても、いまの日本では戦後間もない頃につくられた業種ごとの法律が邪魔をしてなかなか実行できません。世界がイノベーションの競争になっているのに、日本はイノベーションをわざわざ起こりにくくしている社会なんですね。

牛尾 そうした近代化をはばむものを変革しなければならないことは分かっていても、なかなか手がつけられないわけですね。すぐに古い勢力が出てきて、自分たちのほうが80%支持を得ているんだと押し切ってしまう。
しかし金丸さんは、改革に賛成する人たちの実数を正確につかんで、現実はそうじゃないと。5割以上が変革を求めているということで議論をリードして、族議員を含めた関係者を説得していきましたね。あの手腕は見事でした。

金丸 これまでの政府の会議というのは、有識者の方々を呼んでヒアリングを行ったり、マスメディアによるアンケート調査をもとに話を進めてきたと思うんですが、いまはSNSを通じて、どこの誰がどういう問題を抱えているかが具体的に分かります。そういう話を100人に聞いたほうが、エビデンス(根拠)としては確かで、物事を動かしやすいんです。
農業改革に取り組む際も、政府がいろんな数字をホームページ上に出してはいるんですが、各省バラバラで全体像が見えなかったものですから、若い技術者に頼んで、まず全部の数字をデータベース化して私のiPadに入れてもらいました。画面に触れるだけで必要な数字が画面にパッと出るようにしてもらったんです。
それから、フェイスブック上で若い農業者とどんどん知り合いになって、各地の畑の様子を画像や動画で送ってもらったり、意見を聞かせてもらったりできる状況をつくりました。全国行脚あんぎゃしても何年かかってもできなかったものが、そうしたITツールを有効活用することによって、東京にいながらにして全国の状況を把握できたことは大きかったですね。結果的に、法的な制約が取っ払われて、その気さえあれば創意工夫して自由にいろんな戦略を取れる環境をつくることができました。

牛尾 農業改革は私も土光どこう臨調の時に取り組みましたが、とても手に負えませんでした。しかし金丸さんは本気でやって答えを出した。戦後、農業改革に成功したのは金丸さん一人だと私は評価していますよ。農業に続いて、林業や水産業への取り組みも始まっているそうですから、とても楽しみです。

ウシオ電機会長

牛尾治朗

うしお・じろう

昭和6年兵庫県生まれ。28年東京大学法学部卒業、東京銀行入行。31年カリフォルニア大学政治学大学院留学。39年ウシオ電機設立、社長に就任。54年会長。平成7年経済同友会代表幹事。12年DDI(現・KDDI)会長。13年内閣府経済財政諮問会議議員。著書に『わが人生に刻む30の言葉』『わが経営に刻む言葉』『人生と経営のヒント』(いずれも致知出版社)がある。