2018年8月号
特集
変革する
  • 長井市地方創生戦略監泡渕栄人
家庭教育の変革

読み聞かせが
明日の教育をひらく

山形県長井市では、家庭教育の一環として親子の読み聞かせが徐々に広がりを見せている。先頭に立ってその活動を進めているのが、同市の地方創生戦略監を務める泡渕栄人氏だ。本欄ではその取り組みについて、読み聞かせの効用や読書と学力の関係など最新の調査結果を踏まえてお話しいただいた。

この記事は約11分でお読みいただけます

読み聞かせの秘めたる力

子供たちの意欲を伸ばすためには、特に0歳から6歳までの未就学期における親子のコミュニケーションが大事である──。

こう語るのは、これまで延べ50万人以上の児童や生徒を対象に調査研究を行ってきた、脳科学者の川島隆太東北大学教授です。

なぜ親子のコミュニケーションが、子供たちの意欲を伸ばすことにつながるのでしょうか。そのヒントになるのが感情や情動じょうどうつかさどる「辺縁系へんえんけい」で、脳の深部に存在しています。専門家の間で「こころの脳」と呼ばれるこの部分を育むことが、意欲を伸ばすベースとなっているのです。

川島先生は親子間のコミュニケーションや共通体験が「こころの脳」を育むとともに、子供たちの中に緊急避難基地をつくることにも繋がると言及してきました。例えば子供に何か嫌なことがあったとしましょう。自分の中に逃げ込む場所を持っているか否かは大きな違いとなって現れるのです。実際、「こころの脳」に緊急避難基地がつくられることについては、親子でホットケーキづくりをしている時の脳の働きから、川島先生は明らかにされています。

その調査結果を踏まえて私が川島先生にお願いしたのは、調理の共通体験だけでなく、ぜひ読み聞かせで試してほしいということでした。読み聞かせであれば親子のコミュニケーションが図られることに加えて、子供の言語能力の向上にも資するかもしれないと考えたのです。

東北大学が主体となって、「読み聞かせによる親子関係の変化について」の調査研究が行われたのは、昨年(2017年)秋のことでした。

対象は未就学児とその保護者約40組で、8週間にわたる家庭での読み聞かせの前後を脳機能計測器等を用いて調査。調査結果によると各家庭で実際に読み聞かせが行われたのは、1日平均にして約13分でしたが、あくまで平均時間で、数分でもよいのでできるだけ毎日続けてもらいました。また、読み聞かせの時間帯は入眠前を中心に行っていただき、本については子供が興味を示すものを中心に親御さんに選んでもらいました。

ここでは調査結果のうち特筆すべきものを取り上げてみましょう。まずは語彙ごい数の増加です。わずか8週間の取り組みで、一般的な子供の成長に比べて6か月分の伸びを示しました。また、聞く力も顕著けんちょな成長を遂げていたことから、指示を正確に理解する力が急激に増加したことがうかがえます。

その一方で子供の問題行動が減少し、抑うつ傾向や不安傾向などが減じていたことも見逃せません。そうした子供の変化が関連してか、親が育児で感じるストレスが減少していたことも明らかになりました。さらに、読み聞かせの時間が増えれば増えるほど、それに反して親のストレスが減っていくことも見えてきました。

この調査に参加されたある親御さんから、「読み聞かせっていいな。子供が可愛くなってきた」という本音が聞けたことも大きな収穫でした。読み聞かせによって子供の感情の安定、すなわち「こころの脳」が育つだけでなく、言語能力の向上、ひいては親子間に親しみが生まれる(愛着形成)ことなどが調査結果から浮き彫りとなり、「親が変わる」取り組みであるという手応えを得たのです。

長井市地方創生戦略監

泡渕栄人

あわぶち・ひでひと

昭和46年岩手県生まれ。平成9年文部省(現・文部科学省)入省。24年復興庁発足と同時に、同庁石巻支所長に着任。28年6月地方創生人材支援制度(日本版シティマネージャー制度)により、山形県長井市に地方創生戦略監として着任。教育委員会教育戦略監も兼ねる。