2020年10月号
特集
人生は常にこれから
インタビュー①
  • 美術刀剣鞘師髙山 一之

倍の努力が人生を導く

江戸時代から代々続く「鞘師」の6代目として、日本刀の拵(外装)のコーディネートや文化財の修理・復元に携わり、その卓越した技術が国内外から高い評価を得る髙山一之氏。80歳になるいまなお、2倍、3倍の努力を信念に、一道を歩み続ける髙山氏が語る人生・仕事をひらく要諦——。

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皆の助けがあって初めて一つの作品ができあがる

——2020年春の叙勲じょくんで、髙山さんは鞘師さやし(刀装製作修理技術者)として旭日双光章きょくじつそうこうしょうを受章されました。素晴らしいことです。

ありがとうございます。でもね、受章はうそなんじゃないかって言われているんですよ(笑)。

——嘘、ですか?

というのは、新型コロナウイルスの影響で式典関係が全部なくなってしまったからです。受章を知らせる電話をいただき、喜んでお受けします、とお答えはしましたが、現実には何もないので喜びも実感しておりません(笑)。
ただ、受章によって鞘師という存在を多くの方に知っていただけたのは本当によかったですね。

——鞘師は、具体的にはどのような仕事をされているのですか。

鞘師というと、一般的には日本刀の刀身を保護する鞘をつくる仕事、というイメージがありますよね。しかし実際は、彫金師や塗師ぬしなど多くの職人に依頼をしながら日本刀の「こしらえ」(外装)全体をコーディネートする職業なんです。鞘師がいつ頃からそうした立場になったのかははっきり分かりませんが、場合によっては刀からコーディネートすることもあります。
例えば、お客様が見栄みばえのいい拵をつくりたいとおっしゃった場合、まず刀鍛冶かじに「こういう刀をつくってください」と依頼するところからスタートし、それに合わせて鞘をつくり、つばなどの小道具も探してくる。あるいは、お客様に好みのものを探してきてもらう。お客様にその知識がない時には、「お任せします」ということで私が全部探してくるわけです。そして、鞘にうるしを塗る、つか(日本刀を握る部分)に皮を巻くといった作業も一つひとつ職人に注文しながら、お客様がお望みの拵をつくりあげていくんですね。

——まさに鞘師は日本刀のトータル・コーディネーターですね。

私は鞘だけではなくて、刀のぎも、塗りも、柄巻きも、ひと通りは勉強して一応できるんですが、全部一人でやるっていうのはよくないんですよ。できるだけその世界で絶対という職人にお頼みする。ただ難しいのは、すべてを一番上手な人に任せたからといって、必ずしもよいものができるというわけではないことです。あくまでこちらの希望を話して、伝えながら仕事をしてもらう。常にトータルで考えていかないと、やっぱりいいものはできません。

——様々な職人たちと一つの拵をつくり上げていく中で、大事にされていることはありますか。

それは皆さんと仲良くなることでしょうね。初対面でいきなりいい仕事をするというのは、なかなか難しい。実際、自分がこうしてほしいと伝えても、できあがったものを見ると、全然違うということが結構ある。「これ、違うじゃない」って言ったら、相手は「髙山さんの言っている意味が分からなかった」って言うわけです。
ですから、長く付き合って気心が知れてくることで、相手が望んでいるものも分かってくるし、逆に私が伝えたいことも理解してくれるようになる。要するに、大事なのはお互いの呼吸を合わせていくってことです。そうすればおのずといいものができていきます。

——呼吸を合わせる。どんな分野にも通じる大事なことですね。

髙山 ただね、私ももう80歳でしょう? 同じように、鞘を塗る人、柄を巻く人、職人は皆、後継者がなかなか見つからず高齢化しているんです。例えば、私が年をとって表面が凸凹でこぼこな鞘をつくっても、若い塗師が「なんだ。髙山さん、下手になったね。しょうがないな」って、漆を塗りながら内緒で凸凹を直してくれれば、「あの人は何歳になっても上手だ」と言ってもらえる。でも、職人たちが皆一緒に歳をとっておとろえたら、それもできません(笑)。そういう面では後継者の問題は心配ですね。
まあ、結局は皆さんに助けてもらって私の仕事は成り立っているわけです。自分一人の力ではなくて、多くの方に助けてもらって初めて一つの拵ができていくと。その信念、謙虚さを常に忘れず日々仕事に向き合っているんです。

美術刀剣鞘師

髙山 一之

たかやま・かずゆき

昭和15年東京生まれ。37年法政大学を卒業後、鞘師の父に入門。同時に人間国宝・藤代松雄の元で刀剣研磨の修業を積む。また、漆塗師の佐藤紫川について3年間漆塗の修業も併せて行う。平成9年、正倉院の依頼で「黒作大刀拵」を製作。12年にはロンドン大英博物館が所蔵する刀剣50振り以上の拵を修理。その後も藤ノ木古墳より出土した大刀拵の復元、全国の神社仏閣に伝来する刀の白鞘の製作、修復、復元を手がける。令和2年春の叙勲で「旭日双光章」受章。公益財団法人日本刀文化振興協会常務理事。美術刀剣外装技術保存会会長などを務める。DVD出演に『拵・刀装具の美 高山一之の世界』(クエスト)がある。