20歳の時に交通事故で右腕を失った伊藤真波さん。苦悩の日々を乗り越え、いまでは「事故はいい勉強になった」と笑顔で語るが、その芯の強さはどこから来るのか。現役の看護師として仕事をする傍ら、パラリンピック選手として2大会に出場。現在は講演活動とヴァイオリンに力を注いでいる伊藤さんが、頑張り続ける理由とは——。
日本初義手の看護師、元水泳パラリンピック選手
伊藤 真波
いとう・まなみ
昭和59年静岡県生まれ。平成16年20歳の時に交通事故に遭い右腕を切断。看護師用の義手をつくるため単身神戸へ。19年専門学校を卒業し、看護師の国家試験に合格。神戸百年記念病院に勤務。20年北京パラリンピックに出場。100メートル平泳ぎ4位、100メートルバタフライ8位。22年アジアパラリンピックにて100メートル平泳ぎ2位。24年ロンドンパラリンピックにて100メートル平泳ぎ8位。現在は講演活動の傍ら、ヴァイオリンも奏でている。