2021年4月号
特集
稲盛和夫に学ぶ人間学
我が心の稲盛和夫⑨
  • パスポート社長濵田総一郎

良知に従って生きる

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迷い苦しむ人を救い続ける生ける大乗菩薩

「稲盛塾長は現代の西郷さんだ。横浜にも盛和塾せいわじゅくが設立されたから、おまえも入塾するといいぞ」

兄から熱心に勧められ、私が稲盛塾長に学ぶ経営の勉強会「盛和塾」に入塾したのは、1994年、39歳の時でした。

典型的な薩摩隼人さつまはやとであり、自分の生き方に絶対の自信を持っていた兄が、稲盛塾長に出会ってから劇的に変わったことに驚いていた私は、郷土の英雄・西郷隆盛をこよなく敬慕しており、「現代の西郷さん」という言葉にも強くかれて入塾を決意しました。

そうして初めて稲盛塾長にお目にかかったところ、私はその本物の存在感とド真剣な生き方に、魂が震えるような感動を覚えました。以来、今日に至るまで稲盛塾長は、私の人生に最も大きな影響を与えてくれたかけがえのない師となりました。

私は大学卒業後に会社勤務を経て、経営難に陥っていた家業の焼酎しょうちゅう製造業を兄弟で立て直し、1991年に独立して酒類・食料品類の輸入販売を手掛けるパスポートを横浜で創業しました。もし稲盛塾長に邂逅かいこうし本物の経営を学んでいなければ、無手勝流むてかつりゅうの経営から脱し切れずに会社は倒産していたか、零細企業のまま低迷していたであろうと思います。稲盛塾長と同じ時代に生き、同じ空間を共にし、親しく謦咳けいがいに接し、教えを受けることのできたことは人生の奇跡であり、至高の幸せであったと改めてしみじみと感じています。

長年身近に接してきた稲盛塾長は、功成り名を遂げられてからも、その生活は至って質素でシンプルで、ご高齢になっても世のため人のために身をにして努力してこられました。

真言しんごん宗の常用教典である『理趣経りしゅきょう』の中に、大乗菩薩だいじょうぼさつの理想の生き方が説かれています。優れた大乗の菩薩は、自分は涅槃ねはんに行く資格があるにもかかわらず、この世にとどまり、迷い苦しんでいる人々を救い続ける。稲盛塾長こそは、まさに生きた大乗菩薩であると私は感じています。

とはいえ、現実の実業の世界は戦いの場であり、経営リーダーは単に仏の顔を持って聖人君子であればよいというものではありません。稲盛塾長には大慈悲じひを持つ仏の顔もあれば、燃える闘魂のかたまりになった鬼の顔もあり、また無邪気で天真爛漫らんまんなガキ大将の顔も併せ持つ多面性があり、それらがすべて矛盾なく塾長の本然の魅力として表れています。だからこそ、リーダーとして多くの人を魅了しながら偉大な事業をいくつも成功に導かれたのだと思います。

パスポート社長

濵田総一郎

はまだ・そういちろう

昭和30年鹿児島県生まれ。武蔵大学卒業。東武鉄道勤務を経て帰郷し、家業の立て直しに尽力。平成3年独立してパスポートを創業、社長に就任。