2020年2月号
特集
心に残る言葉
  • 歌人田中章義

世界で1000年
語り継がれる言葉

世界各地で長年語り継がれている言葉を探し歩くこと約30年。歌人の田中章義氏は、その土地で1000年以上も生き続けている言葉には先祖の思いや魂、そして叡智が込められているという。氏はそれを「言葉の世界遺産」と表現する。そこに共通する教えとは――。

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1000年以上語り継がれる言葉の世界遺産

歌詠みとして、世界各地に言葉探しの旅に出るようになり30年近くが経ちます。現在は國學院大學で短歌の授業を持っていますが、そこで私が学生に伝えているのは「言葉は一人の人間よりはるかに長生きである」という言わずもがなの事実です。近年頻繁に「人生百年時代」が話題に上がります。しかし、言葉の世界は100年、200年単位ではなく、1000年生きて初めて〝一人前の言葉〟として認められるようになる。世界を回る中でそう実感しています。

インターネットが発達した昨今、言葉が生まれては消えていくスピードが一段と速くなりました。その代表例が毎年年末に公表される「流行語大賞」でしょう。もちろん、それを否定するつもりはありませんが、1000年、2000年と生き続けている言葉には、脈々と受け継がれる人類の叡智えいちやダイナミズムがあることをお伝えしたいのです。

ユネスコは自然や歴史的建造物に対して〝世界遺産認定〟を行っていますが、長年語り継がれている言葉についても〝言葉の世界遺産〟というニュージャンルがあってもいいのではないか――。それほど1000年語り継がれる言葉には国境や時代を超えて共通する価値があると思うのです。

日本最古の歌集といわれる『万葉集』が編纂へんさんされた8世紀以降、日本には文字を書き残す文化が根づいています。私が数えることができただけでも、『万葉集』には40数種類の「緑色」に関する表現がありました。例えば、葉っぱの表と裏の色の違いを見分けて「裏葉色」という渋くくすんだ色を生み出しました。その一点だけを見ても、昔の日本人が持っていた言葉や自然に対する情趣じょうしゅを感じずにはいられません。

一方世界を旅していると、いまなお口伝くでんで1000年近くも前の言葉が語り継がれている地域が多数残っています。一世代一世代、親から子へと思いを込めて語り継がれてきた言葉に出逢う度に、深い感動を覚えます。

歌人

田中章義

たなか・あきよし

昭和45年静岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。大学1年の時に第36回角川短歌賞受賞。平成12年から3年間にわたり国連サミットや国連会議などに参加。13年2月世界で8名が選ばれた国連WAFUNIF親善大使に、アジア代表として日本人で唯一選出される。その後、国連環境計画「地球の森プロジェクト」推進委員長、ワールドユースピースサミット平和大使などを務めた。國學院大學兼任講師。著書に『世界で1000年生きている言葉』(PHP文庫)『日本史を動かした歌』(毎日新聞出版)など。