2023年7月号
特集
学を為す、故に書を読む
一人称
  • 京都大学名誉教授鎌田浩毅

人生を豊かにする
一生モノの読書術

京都大学の人気NO.1教授として長年教鞭を執った火山学者の鎌田浩毅氏。専門は地球科学でありながら、氏の著作は勉強術や読書術まで幅広いテーマで執筆されている。その博学多才さはいかにして磨かれたのか。氏の読書遍歴を辿りながら、人生を豊かにするヒントを探る。

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    人格の礎を築いた二人の巨匠

    今回のテーマが「人生を豊かにする読書術」ということで、まず読書の魅力をひと言でお伝えすると、自分の人生を「プロデュース」するために一番よい方法だということです。知識や教養を得て、自分の人生哲学、生き方を考える上で読書は欠かすことができません。

    いまやインターネットで何でも情報が手に入る時代になりましたが、それでも本を手に取り、自分の頭を使って考える。孔子が「学びて思わざればすなわくらく、思うて学ばざれば則ちあやうし」と説いているように、「学び」「考える」、この二つを共にできるのは、読書の最大の魅力だと思うのです。

    それから1冊数百〜数千円と安価で簡単に手に入るのも特長です。私は本を文房具の一種だと考えていますが、様々な気づきや学びを本に直接書き込むことで、自分だけの「ライブラリー」が出来上がる。紙の本は豊かな人生を過ごす上で必須アイテムなのです。

    私は火山学者として41歳まで国立研究所で基礎研究に打ち込んだ後、京都大学からしょうへいを受け、24年間教育の世界に身を置きました。この間に読書が私自身の大きな柱になりましたし、自分が学ぶだけでなく学生たちにも学び、人生に活かしてほしい一心で、副読本として読書や勉強法に関する書籍も数多く執筆してきました。

    読書好きな父の影響で幼い頃から本に囲まれていた私にとって、人格のバックボーンになっているのが安岡正篤先生と渡部昇一先生、この二人の偉大な巨匠です。

    「平成」の元号の考案者の一人とされるせきがく・安岡先生の本は20代の頃から手に取り、安岡先生が解説をされた『さいこんたん』『いんしつろく』『せい三部書さんぶしょ』なども心の書としてきました。安岡先生は歴代首相の指南役として活躍された他、社長や政治家向けの勉強会を実施され、日本国はどうあるべきかをテーマに、東洋思想を基に為政者のあるべき道、帝王学を説かれました。その講義録をまとめた致知出版社などの書物を読み込むことで、根本的な生き方や人生観を学んだのです。

    一方の渡部昇一先生からは現代社会をどう生きるか、先生の代表作『知的生活の方法』(1976年刊)の書名の通り「知的生活」とは何たるかを教えられました。100万部を超える大ベストセラーとなった同書は、学生時代に読んで衝撃を受けた一冊です。一般的に〝知的生活〟と言えば「古典を読め」「禅寺へ行け」といった精神論が想起されますが、渡部先生は非常にプラクティカル(実践的・実用的)な視点で具体的に話を展開されていたのです。

    日本の夏は暑すぎて湿度が高いため、頭を働かせるためにはエアコンを入れなければ駄目だと、当時としては前衛的な指摘もされている。他にも牛乳を飲む大切さや睡眠についてなど、そのどれもが非常に合理的で新鮮で、いっぺんにハマりました。

    以降、政治経済、歴史、哲学などがいはくな知識を元に、幅広い評論活動を行う渡部先生の著作はほぼすべてを所有し、我が人生の師匠と仰いできました。

    残念ながらお目にかかることはできませんでしたが、書き込みと線が至るところにある本をいまでも時々引っ張り出しては読んでいます。

    京都大学名誉教授

    鎌田浩毅

    かまた・ひろき

    昭和30年東京都生まれ。54年東京大学理学部地学科卒業。通産省地質調査所に18年間務めた後、41歳の時に京都大学大学院人間・環境学研究科教授に。地球科学、火山学、科学教育が専門の理学博士。京大の講義は毎年数百人を集める人気で教養科目1位の評価。「科学の伝道師」としてマスコミでも明解に解説をする。令和3年定年退官し、防災や減災の啓発に一層力を注いでいる。著書は『新版 一生モノの勉強法』(ちくま文庫)『火山噴火』(岩波新書)『理科系の読書術』(中公新書)『座右の古典』(ちくま文庫)『武器としての教養』(MdN新書)など。