2019年5月号
特集
枠を破る
対談
  • (左)学校法人立命館理事長森島朋三
  • (右)京セラ 元取締役執行役員常務、日本航空元専務執行役員大田嘉仁

利他の心が人生をひらく

稲盛経営哲学が教えるもの

事業会社として戦後最大の2兆3,000億円の負債を抱え、経営破綻した日本航空(JAL)を、稲盛和夫氏とともに奇跡ともいえる再生に導いた大田嘉仁氏。西園寺公望を学祖とし、来年創立120年を迎える京都私学の雄・立命館理事長として、数々の改革に邁進してきた森島朋三氏。それぞれの道で既存の枠を打ち破ってきたお二人に、師と仰いだ稲盛和夫氏の教えを交え、いま求められるリーダー像、人生を成功に導く要諦を語り合っていただいた。

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いまこそ求められる稲盛経営哲学

大田 きょうは森島さんと対談できるということで楽しみにしてまいりました。同じ立命館大学の出身ということもあり、森島さんとは時々お会いしていたと思うんです。ただ、本格的な出会いと言えば、立命館で社会人を対象とした「西園寺さいおんじ塾」というものをつくりたいので、協力してほしいと言ってこられた時でしたね。

森島 ええ、そうでした。立命館大学には、MBAなどは既にあったのですが、経営者になる一歩手前くらいの若い人たちと交流したいと思いまして、そのために学ぶべき大切なことは何だろうと考えていたんです。
その頃は、イギリスの「ブレグジット」やアメリカのトランプ大統領誕生につながる、世界が大きく変動していく時期で、私たちが学生を送り出していく世界と日本はどうなっていくのだろうとの認識もありました。
それで経営者にも〝哲学〟が必要ではないかと、経営哲学をどう考えるのか、あるいは歴史をどう見るのかについて共に学ぶ西園寺塾を開こうとなったんです。
そうした問題意識がありましたので、京都では経営哲学といえば稲盛和夫さんがすぐに思い浮かび、大学の先輩である大田さんに「ぜひ稲盛さんに西園寺塾に賛同していただけないか」とお話ししたら、考えてみましょうと。これがいまから6、7年前のことでした。

大田 ちょうどJALが再上場し、稲盛さんによるJAL再建が成功したと言われていた頃でした。

森島 ところが2度、3度とお会いしていく中で、大田さんは「大学なんだから、稲盛経営哲学をもっと本格的に研究したらどうですか」とおっしゃった。

大田 そうでしたね。大変失礼だったのですが、森島さんが講師の案とかそういうことばかりおっしゃるので、大学として本気で稲盛さんの経営哲学を若い人に伝えたいのなら、その哲学を本気で研究し、普遍化を目指すべきではないかと思ったんです。でも森島さんがご立派なのは、「分かりました。その通りですので案をつくってきます」といって、数か月後に企画書を持ってこられたことです。

森島 大田さんのおっしゃる通りだと思ったんです。

大田 その企画書がとても優れていたので、稲盛さんにも見てもらったら、これは素晴らしいと。
それまでいろんな大学から寄付してほしいという依頼はしょっちゅう来ていました。しかし、そういう依頼ではなく、大学を挙げて真剣に稲盛経営哲学を研究して普遍化したいというので、稲盛さんも感銘を受けていましたね。それで早速、稲盛さんに森島さんとお会いしていただき、西園寺塾、そして稲盛経営哲学研究センターを設立する運びになりました。
森島さんとお会いした後、稲盛さんは「森島さんという人はすごいね。あれだけしっかり自分の考えを持っている人はなかなかいない」と言っていました。

森島 それは私がいろいろ失敗体験をしていた30代に、稲盛さんの本を読んで、その考え方がしっかりと頭に残っていたからです。
稲盛さんが第二電電(現・KDDI)をつくられた時の話でしたが、事業を成功させるには社会に役立つかどうか、“大義”が大事なんだと。それから私自身、稲盛さんにどうすれば少しでも近づけるのか何10年と考えてきました。
ですから、新しい価値創造ができるリーダーを育成する西園寺塾のようなものをつくる時には、稲盛さんにご指導いただきたいと思い続けていました。

京セラ 元取締役執行役員常務、日本航空元専務執行役員

大田嘉仁

おおた・よしひと

昭和29年鹿児島県生まれ。53年立命館大学卒業後、京セラ入社。平成2年米国ジョージ・ワシントン大学ビジネススクール修了(MBA取得)。秘書室長、取締役執行役員常務などを経て、22年12月日本航空専務執行役員に就任(25年3月退任)。27年12月京セラコミュニケーションシステム代表取締役会長に就任、29年4月顧問(30年3月退任)。現職は、稲盛財団監事、学校法人立命館評議員、日本産業推進機構特別顧問。著書に『JALの奇跡』(致知出版社)がある。

世界に通用する利他の心

大田 森島さんの企画書で、稲盛さんも私たちも一番感動したのは、稲盛哲学のエッセンスとして「利他の心」の大事さをストレートにおっしゃっていたことです。しかも、「RITA LABOリタラボ」をつくって、利他の心を研究し、子供たちに伝えたいと企画書には書いてあったんです。
当時の立命館のある常務理事の方も、どうしても利他の心を学生や子供たちに伝えたいんだと熱を込めておっしゃられました。
なぜかというと、ある母親が子供に、「将来少しでもいい会社に就職するために勉強しなさい」と言っても言うことを聞かなかった。しかし「世の中の困っている人を助けてあげる人になってほしい」と伝えたら、一所懸命に勉強するようになった、そういうことを実際に経験したからだと。

森島 私たちは教育・研究機関ですので、どうしても子供たちの学力を高めることが最大の目的になってしまいがちです。しかし、子供たちの学力を高めるのは、やっぱり「利他の心」というか、志が大切なんですね。また、教える側も、人間としてしかるべきものを持っていないと子供たちはついてきてくれません。
それに、いま「自国ファースト」を掲げるトランプ大統領の誕生やヨーロッパでの移民排斥はいせきの動きなどを見ても、稲盛さんのおっしゃる「利他の心」というのは非常に大事な考え方だと思うんです。

大田 おっしゃる通りです。

森島 立命館の学祖であり、首相や文部大臣も務めた西園寺公望きんもちは、世界が帝国主義・軍国主義に向かっていく時代に、国際主義・自由主義を唱えました。これを稲盛さんの言葉でいえば「利他」になるんだと思います。
ですから、立命館としても稲盛さんの利他の心、哲学を研究して世界に訴えていくことはとても意義のあることなんですね。

学校法人立命館理事長

森島朋三

もりしま・ともみ

昭和36年大阪府生まれ。61年立命館大学産業社会学部卒業後、京都・大学センター(現・公益財団法人大学コンソーシアム京都)などを経て、学校法人立命館に入職。平成8年から16年まで京都・大学センターに出向。その後、総務部長、常務理事、専務理事等を経て、29年7月より現職。