2020年9月号
特集
人間を磨く
  • 拓殖大学学事顧問渡辺利夫

先人が教える日本の生き筋

新型コロナウイルスといかに共存するか

新型コロナウイルスの世界的な感染拡大がいまだ留まるところを知らない。世界でも例を見ない「自粛要請」によって危機を乗り切った日本も、感染の第2波、第3波の発生をはじめ、あらゆる国家緊急事態に万全の備えをしておく必要がある。この先の見えない混迷と不安の時代をどう生き抜けばよいのか——政治、経済、歴史など様々な分野に通暁する拓殖大学学事顧問の渡辺利夫氏に、コロナ以後の世界の中で、いまこそ求められる心構え、日本人の生き方について縦横に語っていただいた。

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コロナ禍によって露わになったもの

いまなお感染拡大が続き、世界を震撼しんかんさせている新型コロナウイルス。感染者・死者の増加や医療崩壊、第2波、第3波の危険性がニュースで報じられる度に人々は不安と恐怖にられています。

今回のコロナで私がまずハッと驚かされたのは、平時には見えなかったものが、有事になると突如として社会の表面にあらわになってくるということです。普段、私たちは人間関係、組織、制度……ひと言でいえば精巧に仕組まれた社会システムの中で平穏な毎日を送っています。ところが有事においては、将棋のこまを1つ動かすと全局面がガラリと変わるように社会が不安定になり、私は言いようのない恐ろしさを覚えました。

有事で露わになったものとは何かといえば、それは所得格差や医療格差、世代間、人種間の軋轢あつれきといった非常に厄介な問題です。

その典型はアメリカでしょう。ありとあらゆる面から世界の最先端をいく超大国アメリカにおいて、いま新型コロナウイルスの感染拡大を契機に、激しいデモや暴力行為が頻繁ひんぱんに起こっています。発展途上国であるブラジルやアフリカ諸国などはもとよりのことです。

そうした分断や断裂はもともと社会の底部に潜在していたものでしたが、それらがコロナ禍によって一気に表面化し、人々をおびえさせ、苦しめる。同時に、社会の末端から巨大な怨嗟えんさの声となって発せられ、遂にコントロールできない暴力にまで至ってしまう。平時には精巧に動いている社会システムが、有事にはどれほどもろいものかを証明したのが今回のコロナ禍であると思います。

拓殖大学学事顧問

渡辺利夫

わたなべ・としお

昭和14年山梨県生まれ。慶應義塾大学卒業後、同大学院修士課程修了、博士後期課程満期取得退学。経済学博士。筑波大学教授、東京工業大学教授、拓殖大学学長、第18代総長などを経て、現職。外務省国際協力有識者会議議長、アジア政経学会理事長なども歴任。JICA国際協力功労賞、外務大臣表彰、第27回正論大賞など受賞多数。著書に『神経症の時代─わが内なる森田正馬』(文春学藝ライブラリー)『士魂─福澤諭吉の真実』『死生観の時代』(共に海竜社)『台湾を築いた明治の日本人』(産経新聞出版)などがある。