2021年10月号
特集
天に星 地に花 人に愛
対談
  • (左)作家五木寛之
  • (右)国際全人医療研究所代表理事永田勝太郎
フランクル『夜と霧』が教えてくれた

人間の光と闇

第二次大戦時、ナチスの強制収容所から奇跡の生還を果たしたフランクル。極限の収容所体験を綴った著書『夜と霧』は、いまなお世界中の人々に読まれ続けている。同書に大きな衝撃を受け、著書や講演を通して幾度となく言及してきた五木寛之氏と、フランクルに師事し、その教えを自身の医療活動に生かしてきた永田勝太郎氏に、フランクルと『夜と霧』が示唆するものを踏まえて、困難な人生を生き抜く上で大事なヒントについて語り合っていただいた。

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人生はあなたに絶望していない

五木 きょうはお互いにどう呼び合ったらよいものかと考えたのですが、「永田さん」「五木さん」でどうでしょうか(笑)。永田さんはドクターで、僕は年上ですが、お互いに「先生」と呼び合いながら話をするのはどうも窮屈ですから、「さん」づけでフラットに語り合えるとありがたいのですが。

永田 私もそのほうがありがたいです(笑)。よろしくお願いします。

五木 早速ですが、永田さんがお書きになった『人生はあなたに絶望していない』(致知出版社)を読ませていただきました。新聞にいい書評が出ていたものですからすぐに買い求めたんですけど、大変興味深い内容でした。

永田 ありがとうございます。
この本は22年前、医科大学に勤務していた私が病気で寝たきりになった時のことを、その前年に亡くなった我が師ヴィクトール・フランクル先生の教えを交えてつづったものです。
あの時は薬の副作用で末梢まっしょうから筋肉が萎縮いしゅくして力が抜けてしまい、寝返りも打てずにただ天井を見ているしかありませんでした。まさに絶望しかない状態で、考えることは死ぬことばかりでした。
追い詰められた私は、フランクル先生の奥様のエリーさんに、「僕はもうじき先生のもとへ行きます。さようなら」とお別れのお手紙を書いたんです。そうしましたらエリーさんがすぐにこんな返事をくださったんです。
「私は医者ではないから、あなたに何もしてあげることができない。でも生前、夫が私にいつも言っていた言葉を贈りましょう。
『人間誰しも心の中にアウシュビッツ(苦悩)を持っている。しかしあなたが人生に絶望しても、人生はあなたに絶望していない。あなたを待っている誰かや何かがある限り、あなたは生き延びることができるし、自己実現できる』」
最初は、自分を待っている人なんてもう誰もいないんじゃないかと思っていました。ところが、その手紙を何度も読み返しているうちに、奇跡が起きたんです。

五木 ほう、奇跡が。

永田 新たに弟子にしてほしいという医師や学生が次々と見舞いに来てくれまして、「俺の人生、まだまだ捨てたものじゃないな。ならば生きていこう」と思えるようになっていったんです。
では、何を目的に生きていくのか。私の病状がそこまで悪化したのは薬の副作用が原因で、それは現代医学を信奉している人たちが犯したあやまちでもありました。ですから私は思ったんです。医学教育の刷新をやらなければならない。すべてをなげうってこれをやろうと決意して、死に物狂いでリハビリをして快復に至ったわけです。
そういう体験があるものですから、五木さんの作品にはとてもかれるものがあるんです。これまで随分拝読してきましたけれども、どの作品も愛にあふれている。『ラジオ深夜便』もよく聴かせていただいていますが、とても温かい気持ちになるんですよ。

五木 いや、お恥ずかしい(笑)。

永田 フランクル先生の思想の基本も人間愛で、五木さんと非常に共通するところがあるものですから、対談のお話をいただいてとても嬉しかったんです。

作家

五木寛之

いつき・ひろゆき

昭和7年福岡県生まれ。生後まもなく朝鮮に渡り、22年に引き揚げる。27年早稲田大学露文科入学。32年中退後、PR誌編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、41年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、42年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、51年『青春の門・筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。また英文版『TARIKI』は平成13年度『BOOK OF THE YEAR』(スピリチュアル部門)に選ばれた。14年菊池寛賞を受賞。22年に刊行された『親鸞』で毎日出版文化賞を受賞。