追悼

稲盛和夫氏と『致知』

──稲盛氏から寄せられたメッセージ

稲盛和夫氏に初めて『致知』にご登場いただいたのは昭和62(1987)年月号。以来、稲盛氏は30年以上にわたって『致知』を応援してくださり、『致知』は数々の節目で稲盛氏の言葉に支えられてきた。本欄では稲盛氏が『致知』に贈った珠玉のメッセージを振り返る。

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    「致知出版社の前途を祝して」

    ──平成4年(1992)

    昨今、日本企業の行動が世界に及ぼす影響というものが、従来とちがって格段に大きくなってきました。日本の経営者の責任が、今日では地球大に大きくなっているのです。

    このような環境のなかで正しい判断をしていくには、経営者自身の心を磨き、精神を高めるよう努力する以外に道はありません。人生の成功不成功のみならず、経営の成功不成功を決めるものも人の心です。

    私は、京セラ創業直後から人の心が経営を決めることに気づき、それ以来、心をベースとした経営を実行してきました。経営者の日々の判断が、企業の性格を決定していきますし、経営者の判断が社員の心の動きを方向づけ、社員の心の集合が会社の雰囲気、社風を決めていきます。このように過去の経営判断が積み重なって、現在の会社の状態ができあがっていくのです。そして、経営判断の最後のより所になるのは経営者自身の心であることは、経営者なら皆痛切に感じていることです。

    我が国に有力な経営誌は数々ありますが、その中でも、人の心に焦点をあてた編集方針を貫いておられる『致知』は際だっています。日本経済の発展、時代の変化と共に、『致知』の存在はますます重要になるでしょう。創刊満14年を迎えられる貴誌の新生スタートを祝し、今後ますます発展されますよう祈念申し上げます。

    20周年記念式典 祝辞

    ──平成10年(1998年)

    『致知』創刊20周年、大変おめでとうございます。藤尾さんご苦労さまでございました。よくぞ、よい出版を続けてくださいました。

    きょうは、こんなにたくさんの方々がお見えになるとは思っていませんでした。挨拶をするように言われて軽く引き受けてしまい、内心どきどきしております。しかし、これだけ多くの方たちが集まってくださったことを非常に嬉しく思います。

    先日、100歳を超えられた方がテレビで、「朝起きたらまず心を洗い清めるような素晴らしい本を読んで、その後新聞に目を通すべきである」とおっしゃっていました。一日の始まりに、世垢にまみれた話題が掲載されている新聞を読んで心を乱してはいけないということです。

    私は昨年(1997年)、胃がんの手術をした後、おしゃさまの道をもう少し勉強しようと思い、得度とくどのまねごとのようなことをさせていただきました。お寺に入って真剣に勉強すると、いままで知っていたことが、改めて新しい感動でもって私に迫ってまいりました。

    お釈迦さまは、われわれ人間に対して3つの毒があると言われました。「欲」と「愚痴ぐち」と「怒り」の3つで、この三毒さんどくが人間の運命を惑わし、波瀾万丈の人生をつくっていくと説かれています。そういう三毒を抑え、豊かな人生が送れるように、『致知』は人の行くべき正しい道を教えてくれます。

    こういう堅い本が多くの方々に読まれ、創刊20周年を祝ってこんなにもたくさんの人が集まって来られたのを見ると、まだ日本は捨てたものではない、と思います。乱れた世の中も、こういう人たちがおられれば、きっと救われると感じ、大変嬉しく思いました。

    日本の国を浄化し、素晴らしい21世紀を迎えるために、共に手をたずさえていこうではありませんか。

    25周年に寄せて

    ──平成15年(2003年)

    『致知』が創刊満25周年を迎えられたことを心からお祝い申し上げます。

    この25年間日本経済はバブル経済から現在の長期不況へと大変大きな変化を経験いたしました。その間、私たち日本人は、物質的な豊かさを得ることは出来ましたが、道徳や倫理という心の面では失ったものも多くあるような気がいたします。

    実際、書店に行きますと、不平、不満、ねたみなどの人間のしき心をとらえた雑誌がはんらんしており、それは日本人の心がに病んでいるか示しているように思われます。

    その中で、『致知』は藤尾秀昭社長の卓越したリーダーシップのもと、人間の善き心、正しい生き方を示していくという創刊以来の方針を堅持されておられます。

    その間、多くのご苦労があったと思いますが、現在では、人間の生き方に焦点を当てた一級の月刊誌として高く評価され、多くの読者の支持を得られています。

    私は、混迷を極める現在の日本において、『致知』が今後更に多くの読者に読まれ、日本人の心の浄化に大きな役割を果たされることを心より願っております。

    30周年記念式典 祝辞

    ──平成20年(2008年)

    皆さん、こんばんは。きょうは致知出版社の30周年記念の素晴らしいパーティーですが、実は私も若い頃、『致知』の雑誌に接しまして、こんなに素晴らしい、人の道を説く、人間の生き方を説く本があったのかと。特に一般の週刊誌に大変いかがわしい記事がいっぱい載っている中で、私は大変感銘を受けました。

    その後ずっと『致知』を応援しておりましたが、藤尾さんもその後、波瀾万丈、いろいろなことがありました。それを乗り越えて今日まで30年間も『致知』を続けられたというのは、素晴らしいことだと思います。

    特に『致知』が日本の社会に与える影響というのは、非常に大きいのではないかと思っています。

    きょうここに来ますと、私と藤尾さんと同じハートを持った方々がいっぱい集まっておられます。この集まった方々はすべて我々の「ソウルメイト」だと思っています。魂を同じくする者たちが集まって世直しをしていこうというのが、きょうの30周年記念のパーティーではないかと思っています。世の中は乱れておりますが、どうぞ皆さんの清い心でこの世の中を良い世の中にしていただきたいと思っております。

    35周年に寄せて

    ──平成25年(2013年)

    月刊『致知』創刊35周年、おめでとうございます。日本人の精神的り所として、長きにわたり多大な役割を果たしてこられたことに、心から敬意を表します。

    我々は戦後、焦土と化した国土に立ち、経済成長を第一義として、ただ懸命に働いてきました。そして物質的な豊かさは獲得したものの、精神的には日増しに貧困の度を深め、それが昨今の荒廃した世相をもたらせている根本原因ではないかと危惧きぐしています。

    その中にあって『致知』は、創刊以来、人間の善き心、美しき心をテーマとする編集方針を貫いてこられました。近年、そのしんな姿勢に共鳴する読者が次第に増えてきたとお聞きしています。それは、私が取り組んでまいりました日本航空の再生にも似て、まさに心の面からの社会改革といえようかと思います。

    今後もぜひ良書の刊行を通じ、人々の良心に火を灯し、社会の健全な発展にするという、出版界の王道を歩み続けていただきますよう祈念申し上げます。

    40周年に寄せて

    ──平成30年(2018年)

    心を高める探求誌『致知』、創刊40周年おめでとうございます。

    心を高める、とはどういうことなのか。それは生まれたときよりも少しでも美しい心を重ねつつ、生ある限り生き抜くことだと考えています。また、そのような美しい心へと、もって生まれた自分の心を変化させていくことこそが、我々が生きる目的です。

    さまざまに苦を味わい、悲しみ、悩み、もがきながらも、生きる喜び、楽しみも知り、幸福を手に入れる。そのようなもろもろの様相を繰り返しながら、一度きりしかない現世の生を懸命に生きていく。その体験、その過程を磨き砂として己の心を磨き上げ、人生を生ききる。その道標としての存在が『致知』にはあると思います。

    日本人の心の拠り所、そして人間の善き心、美しき心に光を当てる良書として、今後もさんぜんと輝き続けることを心より願っております。