2023年3月号
特集
一心万変に応ず
鼎談
  • 文学博士鈴木秀子
  • JFEホールディングス名誉顧問數土文夫
  • 臨済宗円覚寺派管長横田南嶺

心の力をいかに高めるか

癸卯の年を迎えて1か月。あらゆる面で私たちを取り巻く環境は厳しさを増すばかりである。こういう時代に求められるのが、様々な変化苦難に処していけるだけの心の持ち方である。『致知』連載でお馴染みの鈴木秀子氏、數土文夫氏、横田南嶺氏は長年、それぞれの立場で人間の心と向き合ってこられた。変化の激しいいまのこの時代、どのような心構えで臨んでいったらよいのか。その人間学に根ざした人生や仕事の叡智に学びたい。

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日本人から覇気がなくなった

本誌 先生方にはいつも『致知』で人間学の精髄せいずいともいえる教えをお伝えいただいており、ありがとうございます。先生方の記事を心待ちにし、人生や仕事のかてとしている読者も多くいらっしゃいますが、新たな年を迎えて、それぞれにいま何を感じられているかというお話からお聞かせください。

數土 4点ほど申し上げておきたいのですが、私はこの20~30年間、ずっと気になっている問題がありましてね。それをひと言で言えば、日本人から覇気はきが感じられなくなったことです。去年は特にその思いを強くした年でもありました。もう歯止めが利かないくらいに覇気がない。これは非常に由々ゆゆしきことだと感じています。これがまず1点。
2点目はすべての職域、政治家から一般の人まで倫理観が失われている。そして3点目は日本人が世界に出ていって一流の人に会う、あるいは最底辺の環境にいる人たちを見て定量的に自分の位置を評価することをしなくなったことです。世界に出ようとはしないのにAIだとかDXだとかGXだとか、情報の進化ばかりが注目を集めているでしょう? そうなってしまったのは、ひとえに日本人が歴史を学ばなくなったからです。それを4点目として挙げたいと思います。

横田 いまおっしゃった4点はどれも大切なご指摘ですね。

數土 もう一つ加えるとすると、「ウサギとカメ」のウサギではないですが、日本人はちょっと成功すると慢心し油断してしまう傾向がありますね。だけど、この変化の激しい時代に休んではいけないんです。大切なのはスピードは遅くても継続し、途中で中断しないこと。特にこれからの人生百年時代、いままでのように年金も期待できないわけですから、自分の健康、職業能力、資産、この3つは年を取っても意識して保つ努力をしなくてはいけません。
この当たり前のことを、本当は小さい頃から教えなくてはいけないんです。しかし、お金のことを言うのははしたないという思いが邪魔をするのか、なかなか浸透していかないのが残念です。

鈴木 數土先生ご自身も、それを実践していらして。

數土 ええ。私は上場会社の副社長になった59歳の時、もしかしたら将来社長になるかもしれない、そうなったら何よりも体力維持が大事だと思ってスポーツジムに通うようになりました。以来、20余年、年間平均して120~130回は通っています。
いまは公の職を退きましたから、昨年(2022)は160回、ほぼ2日に1回のペースで通いました。読書も現役の頃、1日に2時間半くらいだったものがいまは3時間、油断していたら5時間近くになってしまっています(笑)。

横田 いやぁ、お忙しい現役時代でも2時間半を読書にてられていた。81歳の數土先生の学びへの意欲には圧倒されます。

文学博士

鈴木秀子

すずき・ひでこ

東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了。聖心女子大学教授を経て、現在国際文学療法学会会長、聖心会会員。日本にエニアグラムを紹介。著書に『自分の花を精いっぱい咲かせる生き方』『幸せになるキーワード』(共に致知出版社)『死にゆく人にあなたができること』(あさ出版)『機嫌よくいれば、だいたいのことはうまくいく。』(かんき出版)など多数。

「ヨブよ、腰に帯して立ち上がれ」

横田 數土先生のお話を受けて何か申し上げるのはおもゆいのですが、昨年1年間を振り返って思うのは、私は致知出版社の新春オンライン講演会のシンポジウムでご一緒させていただいた數土先生、鈴木先生から頂戴したお言葉をきもに銘じて歩んできたんです。その頃、3回目のワクチン接種が奨励されていたと記憶しておりますが、確か控え室でのことでしたでしょうか、私が何も知らないで「なぜ、日本ではワクチンがつくれないのですか」と數土先生にお聞きしたら「そこに日本の宿しゅくがある」と。
それまでの私は日本は世界でどのような位置づけにあるのかという視点がなかったものですから、現状認識が随分甘かったことを反省させられたものです。
鈴木先生からは、『旧約聖書』の「ヨブ記」にある「ヨブよ、腰におびして立ち上がれ」という言葉をご紹介いただきました。信仰深い義人ぎじん・ヨブが家族も財産も友人も大切なものを皆失い、自身も病気になってまったく希望を失ってしまう。そんなヨブに神様が初めて掛けられた言葉だとお聞きしました。

鈴木 ええ。神様は人間として1番苦しい人生を歩むヨブにそれまで決して言葉を掛けられることはありませんでした。最後に力尽きてどうしようもなくなった時に「大変だったね。よく頑張ったね」と慰めの言葉を掛けるのではなく、たったひと言「ヨブよ、腰に帯して立ち上がれ」と伝えられます。それは「あなたの中にはそれだけの力があるんですよ」という深い信頼の言葉でもあるんですね。

横田 それを鈴木先生に教えられた時、いま私たちに必要なものはまさにこれだと思いましたね。もう一度、立ち上がる気概を持たなくてはいけないと。
私はこの言葉を心に刻んで昨年は新たな習い事を始めたり、絵本の出版という初めてのジャンルに挑戦したりしました。今年もやはり新しいことに挑んでいきたいと思っているところなんです。

數土 挑戦心はとても大切ですね。何事も目標に対して攻める気持ちがないと、日本はこの沈滞した雰囲気を破れないと思います。世界はどこもせったくしていますから、2番目でいいやと思う安易な発想それ自体がよくない。

横田 現状維持は既に退歩であると哲学者・森信三先生もおっしゃっていますね。

數土 ジャパン・アズ・ナンバーワンと仰がれていた30年前から比べたら、日本は大変厳しい状況にあるわけですが、私はこのままいったらどん底からさらに深く落ち込む気がしてならないんです。

横田 昨年のシンポジウムで日本はもはや二流国ではないと警鐘けいしょうを鳴らされていましたね。

數土 既に三流国ですよ。日本は潜在能力のある国だとは思いますけれども、これを挽回するには少なくとも30年はかかる。その覚悟で臨まなくてはいけないと思っています。

JFEホールディングス名誉顧問

數土文夫

すど・ふみお

昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部冶金工学科を卒業後、川崎製鉄に入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。22年相談役。経済同友会副代表幹事や日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長などを歴任し、令和元年よりJFEホールディングス名誉顧問。