2021年8月号
特集
積み重ね 積み重ねても また積み重ね
インタビュ②
  • 面打新井達矢

絶えざる学びと
努力の積み重ねが、
伝統を守り、革新を生む

新作面の制作や修復活動など、若き面打として第一線で活躍する新井達矢氏、38歳。その仕事は能楽師や国内外の関係者から高い評価を得ている。物心つく頃から面打の一道を歩んできた新井氏に、これまでの人生の歩みと共に、師の教え、掴み取ってきた仕事の要諦をお話しいただいた。

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よい仕事の基礎は日々の勉強と準備にあり

——新井さんは若き面打めんうちとして幅広くご活躍です。能面や仏像などの彫刻品、いろいろな資料が置かれていますが、ここでいつもお仕事をなさっているのですか。

そうですね。ここが自宅兼工房になります。あとは、新井家の菩提寺ぼだいじである近くのお寺と武蔵野市の2か所で、一般の方に向けた面打教室を開催しています。

——教室には、何人くらいの生徒さんがいらっしゃるのですか。

いま在籍しているのは両方の教室を合わせて20人くらいですね。ご年配の方から若い方もいらっしゃいます。女性も多いです。美術作家さんや金剛流能楽師など、能面をつくることで自分の表現なり活動なりが広がればという思いで来られているみたいですよ。

——若い人に日本の伝統文化である能面に触れてもらうというのは、とても素晴らしいことですね。

ええ。私は38歳ですけど、自分と同世代、あるいは自分より若い人が能面に興味を持ってくださるのはすごくありがたいというか、とても嬉しいですね。

——新井さんのように、面打の仕事を本職にされている方はどのくらいいらっしゃるのですか。

どこからが本職といえるのか線引きは難しいですが、能楽師の方とお付き合いがあり、能面の修復などもして……ということになると、実態は7、8人くらいになるでしょうか。ある方は3人くらいだとおっしゃっていました。

——そんなに少ないとは驚きです。いまコロナで能舞台の公演中止や延期が続いていますが、お仕事に影響はありませんか。

舞台に出る能楽師の方は本当に大変だと思いますが、面打の仕事に関しては特にキャンセルもなく、新作や修復の依頼は従来と変わりなくいただいています。ただ、影響はもう少し経ってから出てくるのかもしれませんが。

——あそこに飾ってある能面も最近、依頼を受けてつくったものなのですか。

あれはきょうの取材のために何となく出したんですけど、以前『致知』にも登場された見市みいち泰男先生からお手本を借りて、2年前に自分の勉強のために写したものです。というのは、日頃からいろんなお手本や古い能面を見て写しをつくっておかないと、いざ新作や修復の依頼が来た時に先方の期待に応えられないんです。

——ああ、いつどんな依頼があっても応えられるよう、常に勉強と準備をおこたらず積み重ねておくと。

また、これまでつくったことのない作品の依頼があると、資料もいちいち借りに行ったり、探しに行ったりしなくてはなりませんから、関連する書物や図録などもなるべく買い揃えています。
そうした日頃の勉強と準備の積み重ねが、やっぱりよい仕事につながっていくのだと思うんです。

面打

新井達矢

あらい・たつや

昭和57年東京都生まれ。能面師・長澤氏春氏との出会いをきっかけに、6歳から本格的に面作りを始める。平成17年東京造形大学在学時に新作能面公募展へ出品した『万媚』が高い評価を受け、文部科学大臣賞奨励賞を史上最年少で受賞。21年能楽師・中所宜夫氏の依頼で制作した面が能楽公演に使用されるまでを捉えたドキュメンタリー映画『面打/men-uchi』(監督・三宅流)が制作上映され、各界から注目を集めた。現在は都内に工房を構え、面の制作や修復、面打教室の講師などを務める。