2021年5月号
特集
命いっぱいに
生きる
インタビュー①
  • 一條旅舘代表社員一條一平

想像=創造

思いは必ず形にできる

古くから湯治場として親しまれてきた宮城県の鎌先温泉。この地で460年もの歴史を刻んできた温泉宿「時音の宿 湯主一條」の経営を担うのが、第20代目当主の一條一平氏である。一時は存続の危機に直面した老舗を立て直し、新しい命を吹き込んだ一條氏に、家業に懸ける思いをお話しいただいた。

この記事は約14分でお読みいただけます

長く続けることこそ経営の根幹

——一條さんが経営なさっているこちらの「時音ときねの宿 湯主ゆぬし一條」は、とても歴史と風情の感じられる温泉宿ですね。

ありがとうございます。ここ宮城県の鎌先かまさきは、約600年前の開湯以来、多くの湯治とうじ客に親しまれてきた温泉場です。私共一條家はもともと京の公家くげの出で、今川義元よしもと食客しょっかくとして仕えていましたが、桶狭間おけはざまの戦いに敗れてこちらへ移って以来、約460年にわたり旅館の経営を続けてまいりました。
現在の建物は大正から昭和にかけて建てられたもので、国の登録有形文化財に指定されているんです。子供の頃は周囲の旅館が次々と鉄筋に建て替えられていくのがうらやましくて、「何でうちだけ古いの?」と言っていましたけど、いまはこの建物を残してくれた先代、先々代に心から感謝しています。

——旅行客からも大変人気を集めていると伺っています。

一時期は湯治客の減少で経営難におちいったこともございますが、お客様の声に一所懸命耳を傾けて改善を繰り返した結果、おかげさまで売り上げも客単価も倍増し、毎月1,000名以上のお客様にご利用いただくまでになりました。
ホテルスクール時代、税務の授業をしてくれた先生が経営の師匠なのですが、その方に「年間1万円でも1%でもいい。とにかく前年を少しでも上回ろう」と励まされ、わずかずつではありますが、10年以上増収増益を続けてきました。
私は、利益を生み出し、雇用を維持して長く商売をすることが経営の根幹だと思います。当家では歴代当主が「一條一平」を名乗っておりまして、私で20代目になるのですが、当家はこの経営の根幹を忘れなかったからこそ20代も続けることができたのだと思っています。

——旅行客のおもてなしにも随分力を入れておられるのでしょうね。

実は私も、うちの女将おかみも、「おもてなし」という言葉はあまり使わないんです。こちらから何かをして差し上げるというよりも、お客様が何かに「いいな」と感じられた時に、それがおもてなしになるのだと思うんです。
私共の旅館はバスも入れない狭い所にあり、建物が古くて館内にはエレベーターが一つもございません。ですからそういうハード(設備)以外のところで勝負するしかないと考え、接客、お料理、そして館内を清潔に保つことには特に力を入れています。おかげさまでお料理や温泉の評判がとてもよい上に、「古いものを大事にしているね」「スタッフの対応が気持ちいい」「清潔感が漂っている」といったおめの言葉をよくいただくんです。

一條旅舘代表社員

一條一平

いちじょう・いっぺい

昭和44年宮城県生まれ。平成元年専門学校日本ホテルスクール卒業。ホテルワトソン、ホテルインターコンチネンタル東京ベイを経て、平成11年一條旅舘入社。15年代表社員に就任。26年一平に改名。日本ホテル教育センター評議員、宮城県ホテル旅館生活衛生同業組合副理事長、仙南信用金庫総代、宮城県観光推進協議会監事などを務める。