2023年8月号
特集
悲愁ひしゅうを越えて
一人称
  • 明治大学文学部教授齋藤 孝
悲愁を生き抜いた人

小林一茶いっさ
人生と名句に学ぶ

「痩蛙 まけるな一茶 是に有」「春風や 牛に引かれて 善光寺」など、耳馴染みのよい名句で知られる俳人・小林一茶。65年で2万句を産み落としたその生涯は悲愁に始まり、悲愁のうちに終わっている。自らも長く一茶の句を愛誦し、この度弊社より名句集を上梓する齋藤孝教授が、稀代の俳人の足跡、出版に込める思いを語る。

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国民的詩人・小林一茶その「軽み」のある胆力

俳句というものを五七五の短い詩ととらえれば、俳人・小林いっは〝国民的詩人〟と呼べるのではないでしょうか。作品の親しみやすさでは短歌の石川たくぼくと並び立つ存在であり、俳聖・松尾しょうをもしのいでいると言えます。
すずめの子 そこのけそこのけ 御馬が通る」

「やれうつな はえが手をすり 足をする」
私も小学校に上がる頃には、このような一茶の句をいくつか覚えていました。おそらく日本中の人が同じように、いつ出会ったのか気づかないうちに一茶と出会ってしまっているのでしょう。

子供、雀、かえる、蠅、ほたると、一茶には小さいものに温かな目を向けた句がいくつもあり、ほどよく力の抜けた句風が読む人の心をつかんできました。私自身も長らくそんなイメージを抱いていましたが、大人になって一茶の生涯を振り返った時、見方が一変しました。

後でお話ししますが、物心つく前に母を亡くしたことに始まり、その生涯はこんな人生があるだろうかと思うほどしゅうに満ちたものでした。彼の句文集『おらが春』に、長女さとを失った悲痛のうちにまれた一句があります。
つゆの世は 露の世ながら さりながら」
この世は露のようにはかないことは知っていた、命も儚いものだと知っている、それでも、そうは言っても……。最後の「さりながら」の5文字が、強烈に印象に残りました。あまりに切ない心境が迫ってくると共に、これほどの悲しみに遭っても、一種の「軽み」が句に失われていないからです。

古来、武士が持つような物事に動じない強さはせいたんでんに宿るとされ、たんりょくと呼ばれてきました。20代の頃この胆力を研究対象にしていた私は、一茶のその「軽みのある胆力」の源泉を求め、関連書を読みあさるようになったのです。

そうして『一茶全集』(信濃毎日新聞社)を手にした時、その重みに感動を深くしました。一茶が65年の生涯で遺した句は約2万。あれほどの苦難を経た人間が、時代を超えて共感を呼ぶ句を2万もつくっていた。これは一茶からの贈り物、プレゼントだと。

その贈り物を、現代の私たちはちゃんと受け取れているのか。せめて100句だけでもしっかり受け取ってみようではないか──。この度、私が『心を軽やかにする小林一茶名句百選』を致知出版社より上梓じょうしするに至った大きな理由は、名句を味わうことで一茶の精神力、「軽みのある胆力」を自然に受け取れると考えたからです。

明治大学文学部教授

齋藤 孝

さいとう・たかし

昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て明治大学文学部教授。著書に『国語の力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』『齋藤孝の小学国語教科書 全学年・決定版』など多数。最新刊に『心を軽やかにする小林一茶名句百選』(いずれも致知出版社)がある。