2023年8月号
特集
悲愁ひしゅうを越えて
一人称
  • いのうえ歯科医院理事長井上裕之
逆境が教えてくれたこと

奇跡を起こす心の法則

地元・北海道帯広に31歳で歯科医院を開業し、仕事も家庭も順調にいっていた最中、突如襲ってきた自動車事故――。愛する妻を失うかもしれないという悲しみと絶望の中で、自己啓発・成功哲学に出会い、逆境の時を乗り越えていった、いのうえ歯科医院理事長の井上裕之氏に、体験から掴んだ奇跡を起こす心の持ち方、運命を好転させていく人生の法則を語っていただいた。

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人生は一瞬で変わってしまうもの

人生、いつ何がどうなるか分からない、人生は逆境の中からしか学べない――私の人生の逆境の時は、仕事も家庭もすべてが充実していたある日突然訪れました。
北海道帯広おびひろで広く事業を営む両親の次男に生まれた私は、比較的裕福な家庭環境で育ちました。そして兄が事業を継ぐのであれば自分は別の道に進もうと考え、親戚に医師がいたこともあって歯科医を目指すことに決めたのです。

歯学部の学生時代には、いましかできないことは全部経験してやろうと、学業だけではなく遊びにも思いっきり打ち込みました。いまやれることを悔いなくやり切って完結させ、また次のステージでやるべきことに完全集中していく。これが私のスタイルでした。

大学院でもあえて単位を取るのが大変な臨床系のコースを選択し、当時は7年かかるところを4年で修了するという目標を掲げ、とにかく猛烈に勉強、研究に打ち込みました。朝一番に大学に行き、夜遅くまで医局に残り、忘年会などがある時でも、宴会が終わるとすぐに大学に戻り研究に没頭するという具合でした。そうした努力が実り、当時、指導教授は病気で入院中だったのですが、病室まで伺って論文を提出し、4年で修了できたのです。その結果、博士に。これは私の人生にとって大きな自信となりました。

さらに一流の歯科医を目指してアメリカに留学、全米最大の歯科医療・研究施設であるニューヨーク大学のCDEインプラントプログラムを日本人として初めて修了することができました。その後もペンシルベニア大学、イエテボリ大学、ハーバード大学など海外で研修を重ね、1994年、31歳の時に故郷・帯広にて「いのうえ歯科医院」を開業。また、27歳の時に現在の妻と結婚し、まもなく子宝にも恵まれました。

有り難いことに、両親の事業の関係もあり当初から多くのお客様にお越しいただき、開業以降も歯科医としての実力を高めたい一心で、高額セミナーに年100日ほど通う充実した日々を送っていました。

ところがそんな最中、人生を一変させる出来事が起こります。

兄も所属する青年会議所の入会式をちょうど前日に控えた1998年1月3日のことでした。ここ最近、家族と過ごす時間をつくれていなかったこともあり、青年会議所に入ればもっとその時間は少なくなるだろうと考えた私は、妻の運転で遠方の旭川あさひかわへドライブに出かけることにしました。母に「こんな冬道を遠くまで行かなくても……」と言われたのですが、私は耳を傾けずに出発したのです。

運転席に妻、助手席に私、後部座席には4歳の娘が乗っていました。空は晴れ渡り、最高のドライブ日和びよりで、家族を乗せた車は順調に目的地に向かっていました。しかし緩やかな坂道を登っているまさにその時、溶けだした路面の雪でスリップし対向車線に滑り込んだ私たちの車に、大型オフロードタイプの車が減速できないまま真っぐ突っ込んできたのです。

いのうえ歯科医院理事長

井上裕之

いのうえ・ひろゆき

昭和38年北海道生まれ。東京歯科大学大学院修了後、ニューヨーク大学など海外大学で研鑽を積み、平成6年帯広に「いのうえ歯科医院」を開業。歯学博士、経営学博士、東京医科歯科大学、ニューヨーク大学など国内外7大学で役職を務める。自動車事故を契機に、歯科医の傍ら自己啓発、成功哲学の研究にも取り組み、世界的な能力開発・経営プログラムを学ぶ。自己啓発に関するセミナーや講演会を全国で開催。世界初のジョセフ・マーフィー・トラスト公認グランドマスター。『自分で奇跡を起こす方法』(フォレスト出版)『人生の黄昏を黄金に変える「賢者のかけ算」』(サンマーク出版)『1日1分中村天風』(青春文庫)『1日1分蓄財王・本多静六の金言』(さくら舎)など著書多数。