2026年11月号
特集
夢なき者に
成功なし
インタビュー③
  • ムエタイWMO世界フェザー級王者瀧澤博人

一いち念ねん通つう天てん

どん底から切り開いた
世界チャンピオンへの道

21歳でキックボクシングのプロデビューを飾り、23歳の時に史上最速記録(当時)で日本バンタム級王座を獲得。その後立ち技世界最強と称されるタイの国技・ムエタイに挑み、2025年11月にはWMO世界フェザー級王者に輝いた瀧澤博人氏。しかし、幼少期は家庭環境に恵まれず、辛酸を嘗め尽くす日々だった。氏は人生のどん底からいかなる努力鍛錬を重ね、世界の頂へと上り詰めたのだろうか。

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    ムエタイWMO世界フェザー級王者

    瀧澤博人

    たきざわ・ひろひと

    平成3年埼玉県生まれ。14歳からキックボクシングを始め、21歳の時にプロデビュー。26年日本バンタム級王座獲得(当時の最速記録)。27年内閣総理大臣杯日本プロスポーツ大賞新人賞受賞。4度の手術を要する大怪我を乗り越え、令和2年日本人初となるWMOインターナショナルフェザー級王座獲得。5年ムエタイWMO世界フェザー級王座獲得。現在は格闘家として活躍する傍ら、講演活動にも取り組んでいる。

    一番苦しい道を行く人にしか分からない景色がある

    ――7月5日に後楽園ホールで行われた日にっ泰たい国際戦は惜しくも判定負けを喫きっしましたが、最後まで諦あきらめずに何度も立ち上がる姿に感動しました。

    ありがとうございます。ノンタイトル戦とはいえ、1ミリの妥協もなく、針の穴に糸を通すような緊張感が漂ただよう日々を過ごして臨んだ試合でした。
    実は、相手選手は前日計量で体重を1キロ超過していたんです。規定では減点を課せられる違反で、試合を拒否するという選択肢も脳裏にはありましたね。でも未来の自分から見た時に、減点を受け入れたり、試合を断ったりしたら、絶対後悔する。リング上では正々堂々と戦いたいと思い、減点を拒否してリングに上がりました。
    結果的に敵かないませんでしたが、後悔は一つもありません。むしろ「これくらい勝ち切れないなら、まだまだだ」と諭さとされた気がして、いい教訓になりました。敗北は神様からの叱しっ咤た激げき励れいなんです。

    ――ああ、敗北は神様の叱咤激励。

    僕が23歳で日本チャンピオンになった時から一貫して掲げているのは、〝打倒ムエタイ〟です。どうせ世界に挑むなら、キックボクシングの日本チャンピオンでさえ歯が立たないムエタイの頂点を目指そうと。一番苦しい道を行く人にしか分からない景色がある。だからムエタイの最高峰「ラジャダムナン・スタジアム」のチャンピオンを夢見て、10年以上突き進んでいるんです。