2026年11月号
特集
夢なき者に
成功なし
対談
  • 特定非営利活動法人ジャパンハート創設者 小児外科医吉岡秀人
  • マザーハウス社長 兼 チーフデザイナー山口絵理子

かくして途上国に
希望の光を
灯してきた

国際医療NGO「ジャパンハート」を率い、医療が十分に行き届いていないアジアの途上国で無償の医療活動を30年以上続ける吉岡秀人氏。途上国で生産した高品質なバッグやジュエリーを日本国内外で販売するファッションブランド「マザーハウス」を創業し、途上国の秘めた可能性を引き出してきた山口絵理子氏。医療支援と経営──歩んできた道は違えども、途上国に希望の光を灯してきたお二人に、これまでの苦難の道のり、活動に懸ける思いを語り合っていただいた。

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    特定非営利活動法人ジャパンハート創設者 小児外科医

    吉岡秀人

    よしおか・ひでと

    昭和40年大阪府生まれ。大分医科大学(現・大分大学医学部)卒業後、大阪・神奈川の救急病院などで勤務。平成7年からミャンマーに渡り医療活動を開始。その後一度帰国し、岡山病院小児外科などを経て、15年から再びミャンマーで医療活動に従事。16年国際医療ボランティア団体「ジャパンハート」を設立、代表に就任。29年より最高顧問に就任。令和3年第69回菊池寛賞受賞。著書に『やりたいことがわからないあなたへ』(さくら舎)『救う力』(廣済堂出版)など多数。

    マザーハウス社長 兼 チーフデザイナー

    山口絵理子

    やまぐち・えりこ

    昭和56年埼玉県生まれ。慶應義塾大学卒業後、米ワシントンの国際機関でのインターンを経てバングラデシュBRAC大学院開発学部修士課程修了。平成18年マザーハウスを設立、社長に就任。現在、バングラデシュをはじめとした6か国の自社工場・提携工房でジュート(黄麻)やレザーのバッグ、ストール、ジュエリー、アパレルのデザイン・開発・生産を手掛ける。著書に『裸でも生きる』『裸でも生きる2』(共に講談社)など多数。

    「60点、70点でも広げていくことが大事」

    山口 きょうは尊敬する吉岡さんとの対談が実現して、とても嬉しく思います。私がデザインを手掛けたシャツまで着ていただけるなんて、大変光栄です。

    吉岡 僕も山口さんとお話しするのを楽しみにしていました。

    山口 吉岡さんに初めてお目にかかったのは、吉岡さんの講演会に一聴衆として参加した時でした。吉岡さんの言葉からは現場の緊張感がひしひしと伝わってくる感覚があって、一人で泣いてしまいました。あれはいつ頃でしたかね?

    吉岡 確か2年前(2024年)、都内のホテルで行われたチャリティパーティーだと思います。

    山口 そうでした。それから2025年のミャンマー大地震の際には、会社としてジャパンハートさんに寄付をさせていただきました。

    吉岡 その節はありがとうございました。実は、僕は前々から山口さんを存じ上げていました。様々なテレビや雑誌で取り上げられていましたから。いわば、女性社会起業家のはしり。この人の後ろに次々と女性起業家が現れるんだろうなと思わせられました。
    また、山口さんは社長でありながらデザイナーで、僕も自ら手術をやるじゃないですか。そういう意味では、組織を率いながらもベースは職人という点で共通しています。山口さんの活動に自然と惹ひきつけられるのは、職人としての山口さんに共感したのでしょうね。

    山口 まさに、私にとって吉岡さんは手仕事の先生というイメージが強くありました。初めてランチさせていただいた時、私が一人で何千個もデザインしている現状を踏まえ、どうすれば組織全体の技術レベルを上げられるのでしょうかと相談したところ、吉岡さんはこうおっしゃったんです。
    「たとえ60点、70点でも、どんどん広げていくことが大事」
    その言葉を聞いて、肩の力が抜けたんですよね。それまでは、アシスタントに対して「なぜここまでできないんだ」と憤いきどおっていましたけど、いまでは60点を65点にしようと思えるようになりました。本当に感謝しています。

    吉岡 途上国の医療事情は50年前の日本のような状況なんですよ。そこに最先端技術を持つ日本人が行くわけですから、普通にやれば活躍できる。ところが、衛生環境をはじめとした現代日本の常識や観念も一緒に持ち込んでしまうが故ゆえに、過度にリスクを意識して立ち止まる人が非常に多いんです。
    何か行動しなければ、人は助けられないし改善も起こらない。60点、70点でもいいから、前に進んで点数を上げていくことで、道は開けると思います。

    この世界に幸せを増やすベストオブカントリーをつくる

    吉岡 いまの話にも通じますが、一番大変なのは現地スタッフとの意思疎通ではなく、日本人との意識の擦すり合わせなんですよ。彼らの固定観念をどう突き崩すか。そこにすごくエネルギーを使います。

    山口 よく分かります。私たちが上から目線で指示を出すスタンスだと、現地の職人のポテンシャルは十分に活かせない。途上国の可能性にワクワクしながら、同じ目線に立って働くほうが楽しいし、ずっとやりがいがあります。

    吉岡 日本とは生きている世界が違うわけだから、常識に差が生まれるのは当然のこと。その違いを理解し、途上国に合わせた医療を実践することが肝心なんです。
    ジャパンハートは「医療の届かないところに医療を届ける」という理念の下、ミャンマー、カンボジア、ラオスといったアジアの途上国で無償の医療活動を行っています。累計治療総数は40万件を超え、昨年10月にはカンボジアに約200床の無償病院「アジア小児医療センター」を開院しました。
    ここでは世界のお手本になる病院を目指し、プラスチックを持ち込ませないなどの環境問題に配慮した医療を試みたいと考えています。また、感染症のリスクを考慮してがん患者を病棟に閉じ込めるのではなく、対策を徹底した上で可能な限り太陽の光と自然の風を浴びられる環境を整えています。
    最近スタッフには「僕らの仕事はこの世界に幸せを増やすこと」だと言うんです。がんの子どもを外に出そうとしたら、日本人の医者の大半は「感染症を起こしたらどうするんですか」と反対しますけど、リスクを恐れて挑戦を躊躇ためらっていては、幸せは増やせません。大切なのは数10年後からいまを見た時に正常なのかという視点を持ち、リスクを最小限に抑えながらまず一歩踏み出すことです。

    山口 当社は「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念に、バングラデシュやネパールをはじめとしたアジア6か国の自社工場・提携工房でバッグやジュエリーを生産し、日本国内外の計58店舗で販売しています。
    吉岡さんが患者の命を守った先にある幸せに目を向けているように、私たちも商品を届けたお客様の人生にまで想像を膨ふくらませることが大事だと考えています。その中で常日頃スタッフに伝えているのは、「ベストオブカントリーを目指そう」ということです。
    途上国でのものづくりは、中国と同じある程度の品質のものを、いかに安くつくれるかという比較に陥るケースが多いんですよね。一方で私たちは、最も天然石が採れるスリランカではジュエリーを、綿の最大生産地であるインドでは服というように、その国のベストを追求する姿勢を根本に置いたものづくりに取り組んできました。
    そうやってベストを尽くしていいものをつくると、途上国産の背景に関係なく売れるんですよ。昨年7月にはアメリカでのネット販売を開始し、会員登録者数は1,000名を突破しました。マザーハウスは会社のストーリーで支持されてきたと言われることが多いんですけど、私は商品への信頼があってこそだと誇りに思っています。

    吉岡 医療というのは経済活動の1つなんですよね。山口さんのように途上国で雇用を生み出すことこそ、医療を改善していくエンジンですから、応援しています。

    山口 吉岡さんにそう言っていただけると、励みになります。

    2025年、カンボジアに開院した「ジャパンハートアジア小児医療センター」。国内外からの受け入れ患者数の拡大を図っている