2018年4月号
特集
本気 本腰 本物
  • SBIホールディングス社長北尾吉孝

『修身教授録』が
教えるもの

『修身教授録』の発刊から30年。いまもなお読み継がれる弊社のロングセラーであり、座右の書とする人も少なくない。42歳で本書に出逢い、以来25年間、森 信三師の教えを人生や経営の資としてきたSBIホールディングス社長・北尾吉孝氏も熱心な愛読者の一人である。本書の魅力や学びの一端を披瀝いただいた。

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『修身教授録』がいま求められる理由

私が森信三先生の『修身教授録』に初めて触れたのは42歳の時でした。その時の感動はいまでも鮮明に覚えています。透徹とうてつした使命感、人間に対する深い愛情、豊かな学識といった森先生の全人格が臨場感をもって魂に迫ってきたからです。

『修身教授録』は、当時40歳前後の森先生が昭和12年から2年間、大阪天王寺てんのうじ師範学校で語られた修身の講義内容を生徒が筆録ひつろくし、まとめたものです。読み進めるにつれて、私とさほど年齢が違わぬ森先生の人間的迫力に圧倒されると同時に、とこに就いても眠れないほど自分の未熟さを恥じ入ったものでした。

爾来じらい、私は先生の歩みや思想哲学を熱心に学ぶようになり、『修身教授録』は出逢いから25年間を経た今日もなお、常に私とともにあって、語りかけ導き続けてくれる、掛け替えのない人生の書となっています。
 
その『修身教授録』が2018年3月で発刊30周年を迎え、着実に刷り部数を重ね、いまなお心ある人たちの人生の指針になっていることは誠に喜ばしいことです。
 
もちろん、森先生の「全一学ぜんいつがく」の思想体系を考える時、教師志望の生徒を相手に語られたこの1冊だけでは真の深さがつかめないことも確かです。本当であれば『森信三全集』を通読し、いまの時代、日本はいかにあるべきか、日本人は世界のために何をすべきか、といったことに思いを巡らすことができれば理想なのでしょうが、最も手軽な講義録である『修身教授録』をじっくりと読み解くだけでも、十分意義あることだと思います。

『修身教授録』はその名の示すとおり、人が自らを修める道を深い哲学的思索の中から説き起こした書物ですが、私はこの「修身」の2文字が、いまほど重く響く時代はないと感じています。ひと昔前では考えられなかった残虐で陰湿な事件がはびこって世の中はまさに末期的症状をていし、肝心の教育界における道徳教育もすっかり形骸化けいがいかしてしまった感がいなめません。これは大変悲しい現実です。
 
すたれてしまった道徳を再興するには、誰もが納得し、かつ明快で実践的な哲学が必要になってきます。『修身教授録』はまさにそれにえ得る指標と言えるのではないでしょうか。
 
願わくは、数多くの人がこの本を手に取ることによって、人として生まれてきたことがいかに尊いことなのか。一度きりの人生をいかに無駄にせずに、意義あるものにするかを悟り、自分の人生の向上、ひいては日本の道徳的復興につなげるよすがにしていただきたいものだと切に思います。
 
幸い『修身教授録』は若き学徒(現在の中学3年生)に語りかけるような講義内容ですから、決して難しい書物ではありません。しかしながら、ページを開けば、そこに説かれた深遠な人生哲学、生きていく上での知恵に誰もが驚かされるに違いありません。
 
一例として、身の振り方で悩んだ時は「出処進退」の章、どうしても我慢ができない出来事に遭遇してしまった時は「忍耐」の章、自分が生まれてきた意味を考えたければ「学年始めの挨拶」「人間と生まれて」の章を読んでみると、何らかの答えが得られて心がスッキリするはずです。若者にとっては深刻な「性欲の問題」について突っ込んで考察されているところにも、先生の深い人間観察眼がうかがえます。
 
森先生は『修身教授録』の中で伝記を読むことの意義を説かれ、特に12、3歳から17、8歳前後の立志の時期、34、5歳から40歳前後の発願ほつがんの時期、さらに老年期の3つを挙げられていますが、『修身教授録』は人生で3度どころか、その時その時の心の状態における解決のヒントを指し示してくれる指南書なのです。
 
以上のことは私自身が『修身教授録』を繰り返し読み、その度に色の異なるマーカーで線を引き、付箋ふせんを貼って人生や経営の資としてきたからこそ、実感を込めてお伝えできることかもしれません。

SBIホールディングス社長

北尾吉孝

きたお・よしたか

昭和26年兵庫県生まれ。49年慶應義塾大学経済学部卒業。同年野村證券入社。53年英国ケンブリッジ大学経済学部卒業。野村企業情報取締役、野村證券事業法人3部長など歴任。平成7年孫正義氏の招聘によりソフトバンク入社、常務取締役に就任。現在SBIホールディングス代表取締役執行役員社長。著書に『何のために働くのか』『修身のすすめ』(ともに致知出版社)など多数。