2026年6月号
特集
人間を磨く
インタビュー③
  • トライアスロン選手稲田 弘

常に夢を持って
挑戦し続ける

世界最高齢のアイアンマン世界選手権完走者としてギネス世界記録を持つ稲田弘氏。93歳となったいまなお自らの心身を磨き高め、挑戦を続けている。60歳で水泳を始めた時はカナヅチだったというが、いかにして世界の頂へと上り詰めたのか。〝鉄人〟との異名を取る氏の山坂を越えてきた足跡を交え、何歳になっても溌剌と生きる秘訣、トライアスロンに懸ける思いを伺った。

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    トライアスロン選手

    稲田 弘

    いなだ・ひろむ

    昭和7年大阪府生まれ。30年早稲田大学卒業後、NHKで放送記者として活躍。平成4年難病になった妻の看病のために定年退職後、運動不足解消を目的に水泳を始める。14年トライアスロンに初挑戦。24年アイアンマン世界選手権初完走、80-84歳カテゴリーでコースレコードを樹立。30年アイアンマン世界選手権85-89歳カテゴリーで世界チャンピオン、コースレコードを樹立。24、30年の年代別での優勝はギネス世界記録に認定。現在も現役最高齢選手として活躍中。著書に『やれば出来る』(徳間書店)がある。

    アイアンマンレース:水泳3.8キロ、バイク180キロ、ラン42.2キロの総距離226キロを17時間以内に走破する世界一こくなトライアスロン

    24時間トライアスロン漬けの生活

    ──稲田さんは世界最高齢のトライアスロン選手として、93歳のいまなおご活躍されていますね。

    この年になると、よく「かくしゃくとされていますね」と言われますけど、筋肉も骨も瞬発力も持久力も、急速に衰えてきているのが自分でも日々分かるんです。
    僕にとっては80代前半が体力的にも、精神的にも絶好調でした。2012年、80歳でアイアンマン世界選手権を初完走した時なんて、早くゴールし過ぎてゴール地点に観客が誰もいなくてね(笑)。
    2016年と2018年にも完走したものの、徐々に余裕がなくなっていました。さらに追い打ちをかけるように、コロナでレース自体が中止になった。ようやくコロナが収束し、ハワイで開かれたミドルディスタンス(総距離131キロ)の大会に2年連続で出場しましたが、タイムオーバーとコースミスで失格になりました。
    でもね、僕がレースに出たら、現地の人からの声援が鳴りやまないんですよ。「ヒロム!」「ジャパン!」って言ってさ。そういう応援を聞いたら、格好よく走らないと。応援が競技を続けるモチベーションになっているんです。

    ──ああ、応援に背中を押されて。

    背中を押されるどころじゃなくて、手を引っ張られるような。とにかく足を動かそうという思いに駆られて、一所懸命走っているうちに調子がよくなるんです。いまは6月に開かれるアイアンマンオーストラリア、11月の日本選手権への出場に向けて、日々鍛錬に励んでいます。

    ──とても93歳とは思えないバイタリティーに圧倒されます。健康長寿のけつはありますか。

    加齢は人間の宿命ですから、あらがっても仕方ありません。でも、落ちていく速度を少しでも食い止めることはできる。僕の場合は、どれだけ競技を続けられるかということを念頭に置き、常に筋肉に意味がある動きをしようと苦心しています。いわば、24時間トライアスロンけの生活です。
    所属する稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ(千葉県)のコーチの指導の下、若い選手たちに混ざってトレーニングをしています。月水金は朝6時から1時間半で4,000メートルぐらい泳ぎ、朝食を挟んで8時半から70~150キロのルートをバイクで往復する。火曜は自転車の練習を朝7時から行い、70~120キロを往復して戻ってきます。木曜や土日は自主練で、バイクを走らせるのが1週間のルーティンです。
    僕は基本的に休みません。筋肉も骨も動かしていないと、すぐに衰える。だから、体調に応じて練習量は調整しながら、毎日体を動かすことを心掛けてきました。

    ──練習は1日も欠かさない。

    日々の食事にもこだわっていて、20年以上ほぼ毎日同じものを食べています。
    朝は旬の食材をはじめとした12種の野菜を使ったスープと、肉類、貝類、青魚をメインに、にんにくやイモ類を煮込んだ2つのスープをつくります。加えて、ライ麦パンと豆乳、果物も欠かさない。
    昼は軽く済ませ、夕食には豆腐や小エビを入れた具だくさんの汁に、青魚、納豆キムチ、漬物、梅干し、生卵をかけた玄米ご飯です。ご飯はあえて冷やご飯にして栄養価を高めています。この食生活のおかげで練習の疲れも残らず、体が維持できていると思います。
    これらもすべて、トライアスロンをするため。トライアスロンは僕にとっての生きがいであり、健康の秘訣そのものなんです。