2021年12月号
特集
死中活あり
  • 明治大学文学部教授齋藤 孝

『小学国語教科書』
に懸ける思い

国語力こそ日本の将来を開く

国際的な学力テストで、かつてトップクラスだった日本人の読解力が大きく低下している。読解力、即ち国語力の低下は国力の低下に直結すると警鐘を鳴らす齋藤 孝氏。近く弊社より発刊される『小学国語教科書』に込めた思いを交え、国語教育を通じて我が国がこの死中に活を見出す道を教えていただいた。

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国語力の低下は国を地盤沈下させる

私はこの度、致知出版社から『齋藤孝の小学国語教科書』を上梓じょうしすることになりました。

戦後に失われた音読という尊い習慣に光を当てるなど、私はこれまで30年近くにわたり独自の視点で教育・文化の再興に微力を尽くしてきました。

この度本書を上梓するのは、コロナという厳しい試練に直面する社会に、自分のこれまでの知見を踏まえた理想の国語教科書を通じて国語力というものの大切さを訴え、死中に活を見出す手がかりを得ていただきたいという願いがあるからです。

人が死中に放り込まれた時、まず何をすべきかといえば、足下を見つめることです。見つめるべき足下とは何でしょうか。それは「知・情・意・体」、すなわち知性、感情、意志、体であり、この4つのバランスが取れた人間になることで足下をしっかり固めることができます。そしてそういう人が増えることによって、国の足下も盤石ばんじゃくになっていくのです。

そのために必要なのが、国語教育だと私は考えます。

以前対談したお茶の水女子大学名誉教授の藤原正彦先生が、ご専門は数学であるにもかかわらず「一に国語、二に国語、三四がなくて、五に算数」とおっしゃっていたのが、いまも強く印象に残っています。藤原先生はこの言葉を通じて、人間のすべての基盤が言葉にあることを示唆しさされています。

ヘレン・ケラーの自伝を読むと、目が見えず、耳も聞こえず、そのため話すこともできなかった彼女が、恩師・サリバン先生の献身的な導きで言葉を獲得したことにより、闇の底に光が射すように世界が開けていく様子が感動的につづられています。

このことからも、言葉をしっかりと理解し、自分の中にきちんと収め、そして活用していく国語力を養うことは極めて重要であり、未来を担う子供たちがしっかりした国語力を身につけることが、何より日本という国のベースになることが明らかです。

ところが近年、日本の子供の国語力は低下し続けています。OECD(経済協力開発機構)の国際的な学習到達度調査「PISA2018」では、かつて世界トップクラスだった日本の子供の読解力の順位が、過去最低の15位に沈んでいます。これに比例して、世界における日本の存在感も低下し続けているように思えてなりません。

読解力とは、いま自分が直面している事態を的確に把握し、それが意味するものをみ取る力です。したがって、政治やビジネスの現場に読解力の乏しい人がいくら集まっても、お互いの意図を十分理解することができないためコミュニケーションの質は高まらず、何ら発展的な成果を上げることもできません。死中に活を見出すことなど到底かなわないでしょう。

我が国にとって自然災害は大きな脅威ですが、日本人の国語力の低下はそれに比肩ひけんする極めて深刻な脅威であり、国を地盤沈下させる重大な要因となります。このままいまの状況を放置すれば、日本列島がずぶずぶと底なし沼に沈んでいくことになると、私は強く懸念しているのです。

明治大学文学部教授

齋藤 孝

さいとう・たかし

昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。著書に『齋藤孝のこくご教科書小学一年生』『国語力がグングン伸びる1分間速音読ドリル』(共に致知出版社)など多数。