2024年10月号
特集
この道より
我を生かす道なし
この道を歩く
対談
  • 福岡ソフトバンクホークス会長王 貞治
  • 銀座ろくさん亭主人道場六三郎

この道より
我を生かす道なし
この道を歩く

料理と野球――ここにそれぞれの道を一筋に歩み続けてきた二人の超一流プロがいる。和食の神様・道場六三郎氏、93歳と世界のホームラン王・王貞治氏、84歳。若い頃から心技体を錬磨して並外れた実績を上げ、高めた自分で以て後進を導きながらいまなお第一線で活躍し、業界のレジェンドとして存在感を放つ。その生き方はまさに「この道より我を生かす道なし この道を歩く」そのものだろう。共に長年の『致知』愛読者でもある二人の人間学談義から「人はいかにして大成するか」「勝負を制する要諦」「逆境に処する心得」を学ぶ。

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小細工はしない正々堂々と勝負する

道場 きょうは久しぶりにあこがれの王さんにお会いできるということで、ここのところ緊張が随分続いていました(笑)。

 道場さんの記事(『致知』2024年5月号)を読ませていただいてその生きざまに感動したものですから、こういう対談の機会は非常に有り難いと感じています。

道場 200冊もお買い求めくださったそうですね。

 はい。ホークスの選手たちに読んでもらおうと思いましてね。彼らはいろんなことで壁にぶつかっては跳ね返されて、常に迷い道に入っているようなところがあります。その点、93歳のいまも新しいことにチャレンジし、前に進もうとされている道場さんの姿勢は大いに参考になるんじゃないかなと考えたんです。
やっぱり道場さんのように現役の感覚を持っている人は強いですよ。年齢は関係ないと思います。姿勢もそうですし、気持ちの上でも張りが出ますよね。

道場 生きている限り、「昨日よりもきょう、きょうよりも明日」と高みを目指してまずたゆまず歩んでいこうと、気がみなぎっています。そういう心意気は年齢を超越するのかもしれません。

 前回の記事で「流水にごらず、ぼうじん老いず」という言葉を紹介されていましたけど、あれは素晴らしい言葉ですね。

道場 水は流れているから清らかなのであって、まるとどんどん濁っていくように、人間もまた、動きが止まると老いてしまう。

 私自身は40歳で選手を引退しましたし、監督も68歳の時に辞めましたから、どうもちょっと濁りつつあるなと(笑)。道場さんがうらやましいです。やっぱり現場の輪の中にいないとダメですね。

道場 僕はもうほとんどちゅうぼうには立っていませんけど、いまだに店の献立替えの時には必ずチェックしています。僕の目から見るとまだまだ欠落があるんですよ。旬の外れた食材を使っているとかやり方に無理があるとか。近頃は小細工する料理人がいるんです。そういうのが僕は好きじゃない。
「道場の料理に小細工なし」って言っているんですが、食べておいしいのはもちろんのこと、見た目も直感的にパッと感動を覚えるような盛りつけをしないといけない。相も変わらずという料理は「またか」って嫌になっちゃう。やっぱり心動く料理こそが生きた料理だと思うんです。

 野球でも小細工して勝てたらこんな楽なことはないんですけど、それでは絶対に長続きしません。いずれ化けの皮ががれる。どんな世界でも、いまはすぐに答えを求める、答えを出そうとするのがりのようです。
しかし、答えを出すまでの過程で努力することが大事なんですよね。常に「もうこれでいい」ってことはありませんから。小細工をしたりすぐに答えを求めたりしていては、結果的には本物に手が届かなくなってしまうと思います。

道場 うまく見せようという欲に走り過ぎると、どうしても料理自体が嫌らしく下品になるんです。だから、見せようとする心よりもお客さんに喜んでもらおうという心が大事じゃないでしょうか。

 自分が主じゃなくて、お客さんが主なんですね。我われの世界も勝った時と負けた時では野球場から帰るお客さんの姿は全然違います。お客さんは本当に正直で、勝ったら悪いことも全部帳消しにしてもらえますから(笑)。お客さんがとして帰る姿を見ると、「ああ、きょうはいい試合ができてよかったな」って思います。
野球も料理もお客さんがいなかったら成り立たない仕事ですよね。

道場 ああ、もうその通り。僕がいつも一番気にかかるのは、お客さんに喜んでもらえたかなということです。「きょうの料理、大丈夫でしたか?」と聞いて、「おいしかった」「また来るよ」って素直に言ってくれると、「嬉しい」「有り難いな」と思うんです。もう二度と来たくないと思われたら、たまったものじゃない。

 まさに面と向かっての真剣勝負ですね。

道場 ええ、そうです。お客さんの喜ぶ笑顔を見ることが僕の生きがいです。

福岡ソフトバンクホークス会長

王 貞治

おう・さだはる

昭和15年東京生まれ。34年早稲田実業高等学校を卒業後、読売ジャイアンツに入団。48年と49年三冠王。52年通算本塁打756本の世界記録を達成し、初の国民栄誉賞を受賞。55年通算本塁打868本の世界記録を最後に現役生活を終える。59~63年読売巨人軍監督。平成7年福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)監督就任(20年退任)。18年第1回ワールド・ベースボール・クラシックで日本代表監督を務め、優勝へ導く。21年より福岡ソフトバンクホークス会長。著書に『野球にときめいて 王貞治、半生を語る』(中公文庫)など多数。

見られている意識を常に持つ

 この間の道場さんの表紙の写真には驚きました。コックコート姿でビシッと決まっていましたね。お若い頃から真剣勝負を続けてきた人ならではのつら構えだなと。

道場 我われにとって白衣はやっぱり特別なものです。白衣を着ると「よし」と身も心も引き締まるんですよ。

 一緒です。私もユニフォームを着ると全然違いますね。勝負に行くぞという気持ちが高まって、別人のようになると思います。
相撲すもうでも、力士が土俵に上がり塩をいて仕切りを何回もやっているうちに段々と顔が紅潮してきますよね。あの心境はよく分かります。我われも自分の打席が回ってきたらもう待ったなしですから。そこまでに気持ちを高めておかないと勝負できません。
現役時代を振り返ると、家からグラウンドに入り、ユニフォームに着替え、練習を経て、試合で相手のピッチャーと勝負に立つまでには、十段階くらい変わるのかもしれないですね。

道場 うちの店はオープンキッチンなので、「常に見られている意識を持て」とよく若い衆に言うんですが、その意識を持って立ち居振る舞いを正していくことが大事だと思います。
それから、きんはぐちゃぐちゃにして置くのではなく、きちんとれいたたんで置く。包丁の刃はお客さんのほうに向けず、自分のほうに向ける。そういう道具の置き方一つ、取るに足らないようなさいなことをきちんとやるかどうかによって、印象が全然違います。

 野球未経験の方から見ると、バッターはただ打席に立って来た球を打っているように思われているかもしれませんけど、打席に立つまでが大事なんです。過去に相手がどういうふうに攻めてきたかを研究して全部頭の中に入れていますし、その日の調子を考慮しながら、戦い方をある程度つくっていくんですね。
それだけの準備をして気持ちを盛り上げていかないと、いい仕事はできないのではないでしょうか。

道場 僕の師匠に杉本せいろうさんという方がいましてね。神戸観光ホテルで修業をしていた20代の頃に、最も強い影響を受けた師匠です。杉本さんはお芝居が好きで、新国劇の『宮本武蔵』に「敵八方よりきたる。我に八方の構えあり」という台詞せりふがあるんです。それをしながら「サブちゃん、脇が甘いよ。すきがある、隙が!」ってよく注意されました。
まな板前を美しく、布巾の洗い方から畳み方にまで気を配って、常にお客様に見られているということを自ら範を示して教えてくれたのが杉本さんでした。

 よき師匠に恵まれたのですね。

銀座ろくさん亭主人

道場 六三郎

みちば・ろくさぶろう

昭和6年石川県生まれ。25年単身上京し、銀座の日本料理店「くろかべ」で料理人としての第一歩を踏み出す。その後、神戸「六甲花壇」、金沢「白雲楼」でそれぞれ修業を重ね、34年「赤坂常盤家」でチーフとなる。46年銀座「ろくさん亭」を開店。平成5年より放送を開始したフジテレビ『料理の鉄人』では、初代「和の鉄人」として27勝3敗1引き分けの輝かしい成績を収める。17年厚生労働省より卓越技能賞「現代の名工」受賞。19年旭日小綬章受章。著書に『91歳。一歩一歩、また一歩。必ず頂上に辿り着く』(KADOKAWA)など多数。