2019年9月号
特集
読書尚友
対談
  • (右)ヒューマン・ギルド社長、アドラー心理学カウンセリング指導者岩井俊憲
  • (左)佐藤等公認会計士事務所所長、ドラッカー学会理事佐藤 等

アドラーとドラッカー
に学ぶ人間学

現代の心理療法を確立したアルフレッド・アドラー、マネジメントの父と称されるピーター・ドラッカー。近年注目を集めているこの2人は、生前交流こそなかったものの、出自や人間観、思想、学問的アプローチなど、通底する部分が多い。それぞれの偉人に私淑し、その教えを伝承する岩井俊憲氏と佐藤等氏が語り合う人間学談義は、ストレス社会や多様性社会とも言われる現代社会をいかに生くべきかのヒントが鏤められている。

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アドラーとドラッカーの共通点

岩井 毎月『致知』で佐藤先生のドラッカーの連載を楽しみに拝読していますので、今回対談の機会を頂戴してとても光栄です。今朝もこれまでの連載を全部読み返してきました。

佐藤 いやぁ、もう恐縮です(笑)。きょうは岩井先生からアドラーについて勉強させていただきたいと思い、心待ちにしていました。

岩井 こちらこそ。実は私、学生時代からドラッカーの本に触れているんですよ。

佐藤 それはご縁がありますね。

岩井 編集部の方から、「アドラーとドラッカー」という企画をいただきましたけれども、二人は本当に共通点が多いですよね。第一にユダヤ系のオーストリア人であること。また、ヨーロッパで学問研究に励み、ブレイクしたのはアメリカであること。

佐藤 出自しゅつじや活躍の舞台という点でまず共通していますね。

岩井 それから、二人とも非常に学際的というか、いろんな勉強をしていますよね。ドラッカーも経営学の専門家ではなく、政治学や社会学などに造詣ぞうけいが深い。アドラーは精神医学を修めた人ですけれども、哲学とか様々な学問を取り入れて、独自の体系を創り上げている。こういう点においても共通しているだろうと。
さらに、アプローチとして非常に質問を重視しています。ドラッカーには有名な「5つの質問」がありますよね。アドラーもすごく質問するんですよ。カウンセリングの世界では質問するなと教える流派もあります。しかし、アドラーは質問なくしてカウンセリングは成り立たないと考えていました。

佐藤 岩井先生のおっしゃる通り、ドラッカーは問いが多いんですね。「正しい問いを使いなさい」。こうドラッカーは言いました。正しい答えを求めようとするのがいまの風潮、我われの癖みたいなものなんですけど、正しい問いを使いこなすことによって、その時々に正しい答えを自分で手にしなさいと。

岩井 これだけ共通点の多い2人ですが、直接会ったという記録は見当たりません。

佐藤 はい。たぶん会っていないでしょう。

岩井 私の知る限り、ドラッカーの本の参考文献に一つもアドラーの名前はないんです。ただ、「欲求5段階説」で有名なアブラハム・マズロー、彼はアドラーに学んだ人ですが、ドラッカーの本にマズローの引用は結構ありますよね。

佐藤 そうですね。マズローとは交流があったようです。

岩井 そういう点で言うと、マズローを通じてアドラーの思想を取り入れ、間接的に影響を受けていたと推測されます。

ヒューマン・ギルド社長、アドラー心理学カウンセリング指導者

岩井俊憲

いわい・としのり

昭和22年栃木県生まれ。45年早稲田大学卒業後、外資系企業に勤務。人事課長、総合企画室課長などを歴任。60年ヒューマン・ギルドを設立、代表取締役に就任。アドラー心理学に基づくカウンセリング、研修、講演、執筆を手掛ける。中小企業診断士。著書は『アドラー流リーダーの伝え方』(秀和システム)など50冊を超える。

いま2人の教えが求められる理由

佐藤 なぜいまアドラーやドラッカーが注目を集めているかと考えると、ドラッカーの本に出てくる「ポストモダン」という言葉にその答えがあるように思います。
ポストモダンという言葉はいろんな場面で用いられていますけど、ドラッカーは近代合理主義の次の時代という意味で使っているんですね。近代合理主義の時代はデカルトをスタートとして300年くらい続き、戦後しばらくしてポストモダンの時代に入ったと。ドラッカーはいまから60年以上も前、1957年の著作の中で、このように述べています。

岩井 我われはデカルト・ニュートンモデルと言っていますけど、これはまさに近代合理主義の思想ですよね。一つは「原因論」、何が原因でこうなったのかと、物事を原因でとらえる。これが大きな特徴です。二つは「要素還元論」と言って、心身を部分ごとに切り分け、ここが悪いからここを治そうという考え方。もう一つは「客観主義」、すべての物事は客観的に把握できるという見方なんですけれども、これら3つに対してアドラーはまったく逆のことを言っているんです。

佐藤 アドラーとドラッカーだけではないんですが、やはり早い時期にポストモダンの世界観、手法を展開しているのと、2人とも体系的なので非常に手に取りやすい。ドラッカーは「体系的でないものは学べない」と言いましたけど、それが2人の特徴であり、いまの時代に合っている所以ゆえんではないでしょうか。

::岩井 アドラーは一時期、フロイトと9年間にわたって共同研究をしていたものの、考え方の違いから喧嘩けんか別れします。その後、独自の理論を打ち立てる中で、原因論ではなく「目的論」に辿たどり着いたんですね。人間の行動には必ず目的がある。だから、変えられない過去、原因に目を奪われず、これから何に向かって努力していくかという目標を考える。この未来志向こそ重要だと。
2つ目はいわゆる要素還元論ではなく、「全体論(ホーリズム)」ですね。分割できない全体の立場として人間を見ようという考え方。それから3つ目は「認知論」。客観的にすべて把握可能なのではなく、その人の主観、独自のバイアス(ゆがみ)を通して物事を見る。だから、その人にとっての真実は別の人の真実とは全然違うと。
このように近代合理主義の思想とはまるっきり真逆の発想法なんです。いまでこそ心理学の世界で目的論や認知論は認められていますけど、それを20世紀の初めに既に言っていた。そういう点においてポストモダンの先駆者なのだと思います。

佐藤 ドラッカーの言葉で言うと「新しい現実」とか「それぞれの現実」ですね。真実はあるけど、人智ではそこには到達できない。見えるのは現実だけ。見え方は人それぞれで、意見というのはその人が見た現実にすぎないと。具体的には例えば、全会一致の時は意思決定するなとドラッカーは教えています。
反対意見が出ないということは同じ一面しか見えていないということで、それでは検証が不十分だと。だから、全会一致の現場では意思決定してはいけない。これは特徴的な教えだと思います。

佐藤等公認会計士事務所所長、ドラッカー学会理事

佐藤 等

さとう・ひとし

昭和36年北海道生まれ。59年小樽商科大学商学部商業学科卒業。平成2年公認会計士試験合格。佐藤等公認会計士事務所開設。14年同大学大学院商学研究科修士課程修了。主宰するナレッジプラザの研究会として「読書会」を800回にわたって開催。編著に『実践するドラッカー』シリーズ(ダイヤモンド社)などがある。