2017年12月号
特集
一人称
  • 日本経済新聞記者前野雅弥

ビール営業王に学ぶ
プロの神髄しんずい

時間刻みで数字と成果を突きつけられる過酷なビール営業の世界。その生き馬の目を抜く環境で培われた仕事の要諦、プロの神髄は、あらゆる分野に通じる普遍性を持つ。経済記者として長年ビール業界を取材してきた前野雅弥氏に、ビール営業のプロたちから私たちが学ぶべきことを語っていただいた。

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とにかく真っ直ぐな人たらしたち

私がビール業界の担当記者となったのは2009年4月、とにかく華やかな時代でした。縮小する国内市場をどう生き抜くのか。当時のキリンビール社長だった加藤壹康氏は、3兆円企業を目指す「KV2015計画」を掲げ、大規模なM&A(合併・買収)をほぼ毎週発表、業界をぐいぐい引っ張っていました。加藤社長の車のナンバーは「2015」。目標達成に懸ける執念は恐ろしいほどでした。

私に与えられた至上命令は、3兆円達成に向けたキリンビールのM&Aをスクープすること。そして担当となって1か月が経った頃、最大の山場がやってきます。キリンビールがサントリーとの経営統合交渉を極秘に進めていることが分かったのです。実際にスクープするまでの2か月半は、他のマスコミや関係者は気づいていないかと心配で、神経が磨り減る音が聞こえてくるような日々でした。

そんな極限状態の中で、私はビール業界、とりわけ営業マンたちと触れ合い、インタビューする機会に恵まれました。そこで気づいたのです。ビールの営業マンたちには、これまで取材してきた官僚や銀行マン、経営者にはない、独特の強烈な魅力があることを。

彼らは皆、卑怯な権謀術数を弄さず、与えられた課題を突破するために全身全霊で打ち込む。そして出逢った人の心の襞をそっと探り当て、優しくさすり、最後は鷲掴みにする名うての人たらしなのです。私もまた、そんなビール営業マンと接するうちに彼らの生き様に引き込まれていきました。

本欄では、皆営業畑を歩み、「ビール営業王」と呼んでもいい実績を挙げてきた、アサヒビール現社長・平野伸一氏、キリンビール現社長・布施孝之氏、サントリー酒類現社長の小島孝氏、サッポロホールディングス現社長・尾賀真城氏の四人のビール営業マンの軌跡を紹介し、仕事の要諦、営業のヒントを探ってみたいと思います。

日本経済新聞記者

前野雅弥

まえの・まさや

昭和40年京都府生まれ。平成3年早稲田大学大学院政治学研究科修了、日本経済新聞社入社。東京経済部で財務省、総務省などを担当。エネルギー記者クラブ、国土交通省記者会を担当後、21年よりビール業界を担当。今年(2017年)8月に出版した『ビール「営業王」社長たちの戦い 4人の奇しき軌跡』(日本経済新聞社)はベストセラーとなっている。