2017年12月号
特集
インタビュー③
  • プロ・フリーダイバー篠宮龍三

フリーダイビングを
通じてこの星の
美しさを伝えたい

そこには青しかない──。ダイバーが漆黒の海底から水面に戻る刹那、そこには宝石のように美しい青一色の世界が広がるという。国内唯一のプロ・フリーダイバーとして、素潜りで推進115メートルのアジア記録を打ち立てた篠宮龍三氏に、海に魅せられた競技人生を語っていただいた。

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どこまでも広がる美しい青に心を掴まれて

——篠宮さんは、フリーダイビングの選手として、数々の世界大会で活躍してこられたそうですね。

会社に勤務していた頃にこの競技に出合い、2004年にはプロに転じました。去年(2016年)の10月に引退するまで、通算で18年間競技を続けてきました。
いまは、競技の傍ら運営してきたダイビングスクールの生徒さんを海外のツアーにお連れしたり、講演会や本の出版などを通じて、ダイビングの魅力、自然や命の尊さなどについてお話しさせていただいています。

——フリーダイビングとは、どんな競技なのですか。

空気タンクなどの装備を装着せずに、素潜りでどれだけ深く潜れるかを競うんです。呼吸を止めて、水圧を体に受けながら潜っていくわけですから、危険を冒さないように、自分の心をしっかりコントロールすることが求められます。他のスポーツのようにパワーで勝負するというよりも、メンタルがとても重要なんです。

——酸素のない状態で、どのくらい潜れるものなのですか。

スクールの生徒さんの場合、もともとの素質や水に対する慣れにもよるんですが、大体水深5メートル、10メートルくらいから始めていただいて、30、40メートルとか、中にはそれ以上深く潜れるようになる方もいらっしゃいます。
僕は、人類で初めて水深100メートルに到達したジャック・マイヨールさんに憧れて競技を始め、彼の足跡を辿るように水深を深め、2010年には彼の記録を上回る115メートルのアジア記録をつくることができました。

——水深115メートル……想像を絶する世界です。

水面に近いうちは、まだ陸上にいる人々の視線や気配を感じるのですが、次第にそういうものが一切届かなくなって、太陽の光も、生き物もどんどん少なくなっていきます。水深110メートルを超えると、まるで宇宙空間のような漆黒の闇が無限に広がっていて、死がすぐ傍に迫ってきているというか、三途の川に片脚を突っ込んでいるような感覚になりますね。

——そこまで深く潜ると、体にも相当な負荷がかかるでしょうね。

水の圧力とか密度が増して、どんどん重くなってくるように感じられてきます。鼓膜が破れて耳の奥に冷たい水が入ってくると、平衡感覚を失ってめまいを起こしたり、気分が悪くなったりしてとても危険ですから、それを防ぐために耳抜きという動作を繰り返します。
それから、横隔膜にもものすごい水圧がかかってきますから、それに圧し潰されないように、日頃からヨガや呼吸法などでしっかりと柔軟性を養っておきます。陸上でどれだけ準備ができているかが大事なんです。

——死の恐怖で、パニックに陥ることはないのですか。

不思議なもので、静寂の中で響いている自分の心臓の音を聞いていると、何か人知を超えた大きな存在に生かされているような安心感に包まれるんです。もちろん恐怖心がゼロになると逆に危ないので、これ以上は危険だから引き返そうと、自分に警告を発する冷静さも維持しておかなければなりません。脳を使うとすごく酸素を消費しますから、少しでも長く息を持たせるためにも、心の中に赤信号が点ったら、1秒以内に戻る判断を下さないといけない。記録を求めつつも、執着し過ぎない。そこのバランスが大事ですね。
そうして真っ暗な深海から戻ってくる時、上も下も右も左も青一色の、グラン・ブルー(偉大なる青)と呼ばれる世界が目の前に広がってきます。ジャック・マイヨールさんは、「そこには青しかない」という詩的な表現をなさっていますが、地球上の青をすべて集めたかのような、ものすごく深くて美しい青が広がっているんです。僕らは、その宝石のような美しい青に心を掴まれて潜り続けているんです。

プロ・フリーダイバー

篠宮龍三

しのみや・りゅうぞう 昭和51年埼玉県生まれ。大学卒業後、会社勤務の傍らフリーダイビングを始める。平成16年国内唯一のプロフリーダイビング選手になる。22年バハマにて現アジア記録となる水深115メートルに到達。28年に現役引退し、現在はダイビング・スクールや海外ツアー、大会等の運営を手掛けるとともに、海洋保護を訴える様々なイベントのプロデュースも行っている。著書に『心のスイッチ』(竹書房)『素潜り世界一』(光文社新書)など。