2017年12月号
特集
対談
  • ドイツ ボッフム大学永代教授 東京ハートセンター顧問南 和友
  • カリフォルニア大学サンフランシスコ校外科学教授佐野俊二

世界への道は
たゆまぬ努力の
先にある

ともに若くして海外で腕を磨き、世界を舞台にその才能をいかんなく発揮してきた2人の心臓外科医がいる。南 和友氏と佐野俊二氏だ。厳しい環境に身を置きながら、周囲の信頼を得ることで活躍の場を自ら掴み取ってこられたお二人に、医師として半生や仕事に懸ける思いとともに、グローバルな視点から医療を語っていただいた。

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医療における市場原理

 実は今年(2017年)の8月に、北関東循環器病院から東京ハートセンターに移りましてね。

佐野 あぁ、そうでしたか。

 いまはそこでアドバイザー的なことをしていますけど、佐野先生は昨年(2016年)末にアメリカのカリフォルニア州に渡られましたね。どんな経緯で行かれたのですか。

佐野 2年くらい前にカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)からちらっと話があったんですよ、臨床に来てほしいって。
でも、僕は向こうの医師免許を持っていないから、そのことを先方に伝えたら、「何とかする」って言う。試験も受けずに免許をもらうなんてこと本当にできるのかと思って、アメリカ人の心臓外科医に聞いて回ったら「インポシブル」だって(笑)。

 それはそうだ(笑)。

佐野 しかも、カリフォルニアは州の中でも特に医師免許を取るのが難しいんですよ。やっぱりみんな行きたがりますからね。向こうの事情を聞けば聞くほど、これは無理だと。きっと何かの冗談だと思っていたら、突然「取れた」ってメールで連絡が来たんです。

 本当に? まだアメリカに行く前でしょう。それはすごいな。

佐野 実はその1年前には、カイザーという保険会社の幹部が僕のところに来ましてね。カイザーはカリフォルニア州で40%近いシェアを牛耳っているんですけど、「おまえは本当に来るのか」と聞いてくる。免許がないから行ってもしょうがないと言ったら、「UCSFの連中は『絶対に取る』と言っている。もし本当に取れたらどうする?」って聞いてくるから、「手術がちゃんとできるなら行ってもいい」と答えたんですよ。
それから半年くらいしてメールが来まして、後で聞いたらこんなことはカリフォルニアで初めてかもしれないって。

 それっていうのはアメリカはもちろん、ドイツでも近いところがあるんですけど、医療に市場原理が働いている証拠ですよね。日本と根本的に違うのは、「その人の価値」がどれだけのものかが外国でははっきりしていることです。この人に来てもらうと、病院にどれだけお金が入って、どれだけの成績を出してくれるかは、調べれば分かることじゃないですか。
そのことを一番よく分かっているのが保険会社なんです。手術にかかるお金は保険会社が払うわけで、合併症ばかり出す医者がいて、一人の患者さんにかかる手術コストが高くなってしまうと、自分たちの儲けが少なくなる。だからものすごく緻密なリサーチをしていて、優れた医者がいれば「この人を絶対に採ろう」というように、市場原理が働いているんです。

佐野 それは激しく思いましたね。というのも、僕のUCSF行きが決まると、それまでスタンフォード大学に送られていた心臓の手術を必要としている200名近くの子供の患者が、カイザーによってUCSFにガバッと移されたんです。
ここ最近、UCSFでは手術数が240例くらいまで落ちていて、逆にスタンフォードは800例近くまで伸びていました。それがいまでは僕がUSCFで週に15例やっていますから、年にしてだいたい700例くらい。保険会社がどっちに傾くかで、こんなにも激しく動くんですよ。

 ドイツの場合は、アメリカとちょっと違って医療施設をすごく限っているんです。約90%は州立病院で私立病院はほとんどなくて、国と保険会社の2本立てでコントロールしている。
それにドイツは日本と同じ国民皆保険なので、すべての人が保険に入る必要がある一方で、経済的余裕のある人にはプライベート保険も用意されているんです。だいたい10%がプライベート、90%がノンプライベートですね。
どこに差が出るかというと、ノンプライベートの場合はかかりつけの医者に指示された病院以外は行けないのに対して、プライベートの場合、どこにでも行けるわけ。では、その際に誰に相談するかといったら、保険会社の人たちなんです。彼らはものすごく緻密なデータを全部持っているから、患者はそのデータをもとに優秀な医者を選ぶことができる。
そうなると、病院としてもプライベートの患者を取れるだけの優れた医者を入れないと損ですよね。だから、腕のいい人を選ぶ方向に行くから、医者の卵もそういう人になりたいと思って頑張る。僕はこの仕組みが、ドイツの医療を非常に進歩させたと思うんですよ。

佐野 それに比べると、市場原理が全く働いていない日本は全然あきませんな(笑)。

ドイツ ボッフム大学永代教授 東京ハートセンター顧問

南 和友

みなみ・かずとも

昭和21年大阪府生まれ。49年京都府立医科大学卒業。51年ドイツ国費留学生としてデュッセルドルフ大学胸部・血管・心臓外科に留学。翌年から同大学病院で助手、講師を歴任。59年バード・ユーン・ハウゼン心臓病センターの主任心臓外科医に就任。平成元年ボッフム大学臨床教授を兼任。16年同大学永代教授に任命される。17年に帰国後、日本大学医学部心臓血管外科教授、北関東循環器病院長を経て、現在は東京ハートセンター顧問を務める。

日本と海外との差

佐野 南先生と僕の共通点は、早くから日本の医療現場に疑問を感じて海外に出ていった点にありますけど、初めてお会いしたのはデュッセルドルフでしたね。

 ええ。その時のことは鮮明に覚えています。ちょうど私が手術している時に、ポッと佐野先生が現れた。私が40歳前後で、結構バリバリ手術をしていた頃です。

佐野 先生とは6歳違うので、僕が30代前半の頃ですね。当時、僕は岡山大学にいて、技術向上のために他の大学とか海外の病院にも見学に行きたいと思っていたのですが、大学側がなかなか許してくれなかったんですよ。「海外に行ったって、日本の成績と変わらないよ、佐野君」とか言われて。

 分かる分かる(笑)。

佐野 でも、どうしても海外に行きたくて、デュッセルドルフで行われるヨーロッパ心臓病学会に論文を提出することで、現地の病院を視察するチャンスを得ました。そうしたら、ちょうどそこに南先生がおられたんです。
その時、実際に手術を見ていて感じたのは、日本とはまるでレベルが違うなということでした。日本だと1例を朝から晩まで必死に頑張っていましたけど、そこでは午前中にあっさり1例目が終わって、昼飯が終わったら2例目に行こうかという感じでしょう。どこが日本と一緒だっていう思いとともに、海外で勉強したいという思いがますます強くなりました。

 私が京都府立医科大学を卒業して医局に入った時なんかは、もっとひどかったですよ。
その当時は心臓外科手術の約60%は小児でしたけど、手術を見ていると次から次へと患者が死んでいく。ファロー(典型的な先天性の疾患)でも、死亡率が50%近くありました。それこそ10時間くらいかかるような手術で、「すごいな、あんな手術をやるんだ」って思いながら先輩方を見ているわけだけど、結果は散々でしょう。「これってどうなんだろう」という思いはありましたね。
それに私は学生時代に1年間休学してドイツにいて、デュッセルドルフ大学の状況も少しは見ていましたけど、そんなにころころ患者は死んでいなかったように思ったんですよ。でも、周囲の先生方は、「日本のレベルは上がっていて、何でもできるようになっている」って口を揃えて言う。

佐野 全く同じですね(笑)。

 それで奮起して奨学金を取ってドイツへ行ったら、ファローの死亡率がその当時で5%。手術の時間だって日本に比べて半分くらいですよ。これがレベルの違いだな、というのがよく分かりましたね。

カリフォルニア大学サンフランシスコ校外科学教授

佐野俊二

さの・しゅんじ

昭和27年広島県生まれ。52年岡山大学医学部卒業。57年同大学大学院医学研究科卒業。日本での臨床研修を経て、ニュージーランドのオークランド大学グリーンレーン病院で研修医、オーストラリアのメルボルン大学王立小児病院で助教授を務める。平成2年岡山大学医学部第二外科助手。同医学部心臓血管外科教授、同大学医学部附属病院副院長などを経て、28年11月にカリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)外科教授に就任。