2026年12月号
特集
住するところ
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花と知るべし
対談
  • トライアスロン選手稲田 弘
  • 歌手、「ボニージャックス」リーダー玉田元康

山の奥に
また山あり

一道を歩むは楽しきかな

世界一過酷なトライアスロンと称されるアイアンマン世界選手権の最高齢完走者としてギネス認定され、93歳にして現役トライアスリートである稲田 弘氏。凛々しい歌声と美しいハーモニーで多くの人々を魅了してきたコーラスグループ「ボニージャックス」をリーダーとして率い、90歳でソロデビュー、92歳のいまなお舞台に立ち続ける玉田元康氏。共に九十の坂を上りながら、生気溌剌と一つの道を極めるお二人に、山坂を越えてきた歩み、歳を重ねてさらに輝きを増す秘訣を縦横に語り合っていただいた。

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    トライアスロン選手

    稲田 弘

    いなだ・ひろむ

    昭和7年大阪府生まれ。30年早稲田大学卒業後、NHKで放送記者として活躍。平成4年妻の看病のために定年退職後、運動不足解消を目的に水泳を始める。14年トライアスロンに初挑戦。24年アイアンマン世界選手権初完走、80-84歳カテゴリーでコースレコードを樹立。30年アイアンマン世界選手権85-89歳カテゴリーで世界チャンピオン、コースレコードを樹立。24、30年の年代別での優勝はギネス世界記録に認定。著書に『やれば出来る』(徳間書店)がある。

    歌手、「ボニージャックス」リーダー

    玉田元康

    たまだ・もとやす

    昭和9年旧満州安東市生まれ。終戦後に引き揚げて父の郷里・熊本県天草で過ごす。早稲田大学入学、早稲田大学グリークラブに入る。33年ボニージャックスとしてプロデビュー。日本レコード大賞童謡賞など受賞多数。現在はNPO法人日本国際童謡館に所属。令和7年90歳でアルバム「男たちの子守り歌」(キングレコード)でソロデビューを果たす。現在、歌手活動と老人保健施設いなぎ苑勤務との二刀流で活躍。

    大学時代を共に過ごした親友

    稲田 おお、久しぶり。玉田とは早稲田大学時代の同級生で、早稲田大学グリークラブでは共に合唱をしていた仲だけど、しばらく会っていなかったね。

    玉田 数十年前までは時折開いていた同期会なんかも、最近は人が減ってやらなくなっちゃったんでね。でも、稲田は世界中の雑誌でしょっちゅう取り上げられているでしょう? 記事を見ているので、活躍はよく知っています。

    稲田 あっちこっちからインタビューが来ますからね。玉田こそ、かのボニージャックスのリーダー。大スターだから恐れ多いですよ。

    玉田 グリークラブに入った頃のことはよく覚えています。私は最初、稲田を上級生だと思った。何せ私より年齢は2つ上ですから。だけど、お茶目というか、人を笑わせる剽ひょう軽きんなところがあって、すぐに意気投合しました。

    稲田 僕らはダサいのが似ていたんですよ。要するに、貧乏でスマートじゃない。下駄を履はいて登校していたし、服装は着たきり雀すずめでしょう。ボロボロの服で舞台に立ち、よく2人揃そろって先輩に怒られてね。戦後の貧しい時代でも、僕らは際立っていたんです。

    玉田 稲田は和歌山から、私は熊本から出てきていましたからね。大学2年か3年の夏休みに帰省する時、稲田の実家にも寄りました。

    稲田 そうそう。玉田が降りる駅を間違えて、僕が迎えに行ったことはいまでも忘れられません(笑)。それから、大学2年の時には「コール東京」のメンバーとして、一緒に横田や厚木の進駐軍キャンプを回りました。

    玉田 コール東京はグリークラブから12名を選抜したコーラスグループです。一ステージ3曲ほど歌ったら、すぐトラックに乗せられて次のキャンプに向かう。一日何ステージもこなして大変でしたが、わりかし評判はよかったよね。

    稲田 ギャラの羽振りもよかったです。人数が多い分、手元に入るお金は少なかったけど、学生身分としては随分助かりました。

    玉田 控室では分厚いステーキを食べさせてもらったし、コーラを初めて飲んだのもこの時でした。いまとなってはいい思い出です。

    アイアンマンレースとは、水泳3.8キロ、バイク180キロ、 ラン42.2キロの総距離226キロを17時間以内に走破する 世界一過酷なトライアスロン

    90歳を越えてもなお進化するのが嬉しい

    稲田 そんな学生時代を共にした玉田と、70年の時を経て、この8月に出版された『匠たくみたちの「金言」』(致知出版社)に一緒に載るとは夢にも思いませんでした。

    玉田 私も自分の一つ後ろを見てみたら、「おお、稲田だ」って(笑)。編集者の方に伺って驚きましたが、私と稲田が並んで掲載されたのは全まったくの偶然だそうです。
    この本で稲田の歩みを読み、改めて感心しました。ハワイのアイアンマンレースに出場するだけでも大変なわけで、その最高齢完走者とはすごいですよ、本当に。

    稲田 11月の日本選手権に出る時には94歳になり、現役選手としてはぶっちぎりの最高齢です。いま膝ひざを痛めていますけど、この年で病気一つしたことがないのは、トライアスロン漬けの生活のおかげかなと。常に体を動かしているから病気が逃げちゃう、病気になる暇がないという感覚です。
    所属する稲毛インターナショナルトライアスロンクラブ(千葉県)の若い選手たちに混ざって4,000メートル泳いだり、一人でバイクを走らせたり、トレーニングは日によって異なります。けれども、筋肉も骨も動かさなければすぐに衰おとろえてしまうので、基本的に毎日運動することを心掛けてきました。
    日々の食事にもこだわっていて、20年以上ほぼ毎日同じものを自炊しています。朝は12種類の野菜を使ったスープと肉類や魚介類を煮込んだ2つのスープに、ライ麦パンと豆乳、果物も欠かさない。昼は軽く済ませ、夜には具だくさんの味み噌そ汁に加え、生卵をかけた玄米ご飯、青魚、納豆キムチなどの発酵食品が中心です。この食生活のおかげで、健康な体を維持できている気がしています。
    僕もね、玉田の話にはいたく感動したんですよ。メンバーが亡くなってどうしているのかなと心配していたけど、元気そうにやっているし、テレビで歌っている様子を見ると全然衰えていない。「こいつはすごいな」と感心しました。

    玉田 ボニージャックスは早稲田大学グリークラブのトップテナーの西にし脇わき久ひさ夫お、バリトンの鹿か嶌しま武たけ臣おみ、セカンドテナーの大おお町まち正まさ人と、バスの私の4人で1958年に結成されました。詳しくは後ほどお話ししますが、結成時のメンバーは相次いで鬼籍に入り、歌をやめてしまおうかと悩んだ時期もありました。でもいろんな方との出逢いに支えられ、いまは新しく加入した吉よし田だ秀ひで行ゆきと2人で活動を続け、今年(2026年)で結成68年を迎えます。
    子供の頃は体が丈夫なほうではなかったし、92歳になったいまも相変わらず呑のん兵べ衛えですが、不思議と元気でね。これまで大病をした経験はありません。

    稲田 いまは奥さんの入っていた老人ホームで働きながら、歌手活動を続けているんだよね。

    玉田 妻が旅立った翌年の2019年、85歳の時から近所の特別養護老人ホーム・いなぎ苑(東京都稲いな城ぎ市)で週4日、午前8時から正午まで働いています。仕事は食事の配膳と片づけ、各部屋や洗面所などの清掃消毒、そして入所者の方々と一緒に童謡や唱歌を歌ったりしています。
    自宅から苑までの上り坂を歩いて通勤し、体を動かして働き、若いスタッフたちと触れ合うことで気持ちが若返る。この生活が健康の秘ひ訣けつなのかもしれません。
    食事も多少気を遣っていて、朝はパン、バナナ、トマトやインゲンなどの野菜にヨーグルト。お昼は施設で栄養バランスのとれた食事をいただき、夜は大好きな芋いも焼酎2杯と有り合わせの魚を嗜たしなむ。暴飲暴食しないで、きちんと3食食べるようにしてきました。

    稲田 僕にとっては、80歳でアイアンマン世界選手権を制限時間の2時間前に完走した時が体力的に絶好調でした。しかし、コロナ禍かで大会自体が中止になったことを機に体力が急速に落ちて、いまはミドルディスタンス(総距離131キロ)のレースに挑戦してもきつい。衰えとの戦いです。
    それでも最近、膝の負担を軽減するためにバイクのフォームを見直した結果、これまでより速くなったんですよ。この進化が嬉しくて堪たまらない。幸せホルモンで満たされるわけです。歳を重ねて体力は衰えても、まだまだ進化できると思うんです。

    玉田 その気持ちはよく分かります。私はベースとして、全体を包み込むような意識でずっと歌ってきました。ただ、自然と周りに合わせる癖がついてしまって、他のメンバーが病で衰弱していく中、私も歌声が弱くなっていました。
    そんな折、お世話になっている日本国際童謡館の大おお庭ば照子館長に「弱い声に寄り添うのではなく、それぞれが歌唱力を磨いて、全体を引っ張り上げていく気概でやりなさい」と励まされたんです。
    この言葉をきっかけに、ソロ歌唱に挑戦するようになりました。歌ってみると、案外楽しくてね。そんなこんなで2025年3月、90歳でソロデビューしました。
    ソロデビューしてから、世界の見方が変わってきた気がします。挑戦心が湧き、ボニージャックス合唱団の指揮にもチャレンジしているんです。そういう意味では、いまが一番幸せかなと。

    いなぎ苑の入居者の方々と共に 童謡や唱歌を歌う玉田氏