2025年7月号
特集
一念の微
インタビュー②
  • 陶芸重要無形文化財「青磁」保持者神農 巌

「生命の根源」を
求め続けて

琵琶湖を一望できる滋賀県大津市の高台にアトリエを構える陶芸家・神農巌氏。学生時代から青磁に魅せられ、以来、「雨過天青」と呼ばれる究極の色を探究する中で、氏独自の「堆磁技法」を編み出していった。40年以上、陶芸の道一筋に黙々と歩み続け、昨年(2024年)人間国宝に認定された神農氏の陶芸家としての執念に迫る。

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    琵琶湖を通して得た陶芸家としてのテーマ

    ──神農しんのうさんのアトリエからは、琵琶湖を一望できますね。

    美しいでしょう? 私は琵琶湖の西側にかまを築いて38年になりますけれども、物づくりをする上ではフィールドが大事だと思っているんです。琵琶湖は400万年前から存在する、世界で3番目に古い古代湖なんですね。そこに思いを巡らせていった時、心に浮かんだのは「生命の根源」という言葉でした。

    眼下に広がる琵琶湖、湖の生命の源である「水」。そこから生命をはぐくむ存在としての「女性」、さらに「植物の種子」という発想が生まれ、これらを作品の中に盛り込んできました。私は若い頃からせいへのあこがれが人一倍強いんです。「てんせい」(雨が過ぎ去った後の、しっとりとした穏やかな空の青)と呼ばれる青磁の最高の色が琵琶湖のみどりや空の青とも重なり、それもまた「生命の根源」をほう彿ふつさせてくれます。

    ──陶芸家として「生命の根源」を探究することが神農さんのライフワークなのですね。

    ええ。もう一つ、東日本大震災の後から私が強く意識するようになったのが「祈り」です。

    この滋賀という地は、字が水を慈しむと書くように水を大切にする土地柄ですし、近くにはえいざんという祈りの聖地があります。大切な人を亡くした時や苦しい時、あるいは感謝の念で人は自然に手を合わせますけれども、それは人間が至純しじゅんになる瞬間です。この至純な手の合わさる様は、かたちとして美しく、その崇高な精神性を表現したものが「祈り」作品です。人間のDNAに組み込まれた一つのかたちが祈りなのだと思います。祈りの制作も私にとっては「生命の根源」を表現するものです。

    陶芸重要無形文化財「青磁」保持者

    神農 巌

    しんのう・いわお

    昭和32年京都府生まれ。近畿大学経営学部を経て京都市立工業試験場窯業本科・専攻科修了、京都府立陶工職業訓練校卒業。清水焼窯元で5年間修業し、62年琵琶湖湖畔にアトリエを構えて独立。平成25年、滋賀県指定無形文化財保持者、令和6年重要無形文化財(青磁)保持者(人間国宝)に認定される。第58回日本伝統工芸展日本工芸会会長賞、紫綬褒章など受賞、受章多数。