2018年12月号
特集
古典力入門
我が人生の古典⑤
  • 学校法人名古屋大原学園学園長杉山巌海

古典の読書と実践が
人物器量をつくる

この記事は約8分でお読みいただけます

人物器量の大切さを教えてくれた石原君

私は昭和20年に、浜松市の田舎の海抜500メートルほどの自然豊かな地域に生まれました。
 
中学生の時には、熊が出るような自然遊歩道を往復10数キロも歩いて学校まで通っていたのですが、クラスに石原君という非常に正義感の強い友人がいました。彼は中学生ながら、宮本武蔵や塚原卜伝ぼくでんといった剣豪の分厚い伝記を読んでいて、「武蔵はこうやって修行した」などと、冬でも靴下をかない厳しい生活をしていました。
 
そして石原君は、「愚鈍ぐどん富士」という言葉を廊下の壁に張り、「我われは愚かであっても、富士山のような立派な人物を目指して頑張ろう」と私に言うのです。また、ある時には、「宮本武蔵と柳生宗矩やぎゅうむねのりがたまたま道ですれ違った時、『宮本殿か?』『宗矩殿か?』とお互いに言い合ったそうだ。たとえ直接面識がなくても〝人物器量〟ができれば、街を歩いていても瞬間で分かり合えるものなんだ」というエピソードも教えてくれました。
 
そのような石原君の影響を受けた私は、むさぼるように剣豪伝を読むようになり、少々難解な大人向けの数巻の偉人伝もすらすらと読める日本語力、読書力が培われました。そのことによって、立派な人物になるためには読書をし、修行を積み、人物器量をつくらなければならないことを、朧気おぼろげながらも理解できたのでした。まさに石原君との出逢いが、私の〝読書開眼かいがん〟となりました。
 
高校を卒業してからは、地元の銀行に就職し、融資の仕事に携わったのですが、時代はちょうど日本が高度経済成長期に入っていく頃で、成功した経営者の人物伝をかたぱしから読んでいきました。
 
その中で学んだものは、「優れた経営者は皆、金儲けするだけでなく、自らの人物器量を鍛え、世の中に役立つ経営をしている」ということでした。会社の売り上げも社員の数も、銀行の融資額も、経営者の人物器量に応じて大きくなるということです。

学校法人名古屋大原学園学園長

杉山巌海

すぎやま・がんかい

昭和20年静岡県生まれ。磐田南高校卒業後、銀行勤務を経て税理士試験合格。57年名古屋大原学園創設、理事長に。学園経営の傍ら、「人間学読書会」(旧・古書を古読せずの会)を名古屋・浜松・静岡・沼津で主宰し、開催例会は32年間で463回、学んだ名著は10数冊、学んだ名言も2,000句を超える。