2018年3月号
特集
てん ざいしょうずる
かならようあり
対談
  • 日本を美しくする会相談役鍵山秀三郎
  • 声楽家佐藤しのぶ

命を知り、命を立つ

イエローハット創業者であり、「掃除の神様」の異名を取る鍵山秀三郎氏。日本を代表するオペラ歌手として、世界各国の舞台でプリマドンナを務める佐藤しのぶさん。2人はそれぞれ、いかにして己の使命に気づき、その使命のもとに一道を切り拓いてこられたのか。知命と立命の軌跡、それにまつわる恩師との出逢いや教え、逆境に処していく心構えなどについて語り合っていただいた。

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音楽の教科書から唱歌・童謡が消えた!?

鍵山 佐藤さんが私に相談したいことがあるとおっしゃって、事務所にお越しいただいたのは昨年(2017)の12月でしたね。その時にお聴きして大変驚きましたが、いまの子供たちは日本の唱歌・童謡を全然知らないと。音楽の授業から消えてしまったんですか?

佐藤 私もすべての教科書を把握しているわけではないので、一概いちがいには言えませんが、本当に大きく変わりました。全国各地の公演で歌っても、いまのお子さんは知らないことが多いですね。日本の唱歌・童謡を学校で教えることも、家庭の中で一緒に歌うこともなくなってきている。これはとても大きな問題だと危惧きぐしています。

鍵山 本当にそのとおりだと私も思います。

佐藤 「故郷ふるさと」や「荒城こうじょうの月」など、私たちの国の言葉で、私たちの先祖の暮らしや文化を伝える素晴らしい歌。そういうものは世代を超えて歌えるんです。だから、子供からおじいちゃん、おばあちゃんまで、皆が一緒になって歌える大切な日本の歌を途切れさせることなく、絶対に持ち続けてほしいと強く思っています。
それがいま、子供に子守唄を歌ってあげられるお母さんも少なくなっている。やはり人間が生まれて最初に聴く歌は、お母さんの腕の中で聴く子守唄であってほしい。どんなにAIの時代になっても私はそう願っています。そのために、何とか少しずつ教科書に日本の唱歌・童謡を取り戻して、皆が「ああ、この歌知ってる」となれたらという夢があるんです。

鍵山 童謡や文部省唱歌、これはいま聴いても子供の時と同じような感覚で聴くことができるほど、体にみついています。一方で、いま流行はやっている歌は私にとっては雑音でしかない(笑)。皆は「感動した」って言いますけれども、私からすると感動なんかしてない。一過性の興奮にすぎません。

佐藤 そうですね。興奮と発散なんです。

鍵山 ああいう騒々そうぞうしい音楽では心は育たない。やはりしみじみと心に沁み入るような歌であって、初めて感動と言える。
以前、佐藤さんのコンサートに伺いました。その時は「蝶々ちょうちょう夫人」でしたけれども、一緒に行った人が歌を聴きながら泣いていたんですよ。涙を流すような歌を聴くことによって心は育っていく。
残念ながらそういうものが失われたことによって、人間性のとぼしい人が増えてきました。見ず知らずの通りがかりの人をいきなり包丁で刺す。それから両親や祖父母が子や孫を虐待する。あり得ないような犯罪が起きているということは、人間性がいかに欠けてきたかを証明しているわけです。

佐藤 鍵山さんがよく、お掃除をすることで場を清め、心も清めるとおっしゃっているように、音楽もやはりすさんだものを取り除き、優しい心を取り戻すことができると思っています。
医療と違って人の命を救うことはできませんが、人の心は救うことができる。音楽にはその力があると信じてずっと活動してきましたし、そういう歌を歌えるようになるために精進しょうじんを続けています。

日本を美しくする会相談役

鍵山秀三郎

かぎやま・ひでさぶろう

昭和8年東京生まれ。27年疎開先の岐阜県立東濃高等学校卒業。28年デトロイト商会入社。36年ローヤルを創業し社長に就任。平成9年社名をイエローハットに変更。10年同社相談役となり、22年退職。創業以来続けている掃除に多くの人が共鳴し、近年は掃除運動が国内外に広がっている。著書に『凡事徹底』『あとからくる君たちへ伝えたいこと』など多数。最新刊に『鍵山秀三郎 人生をひらく100の金言』(いずれも致知出版社)がある。

互いに尊敬し合う二人の出逢い

鍵山 かれこれ佐藤さんとは10年以上のお付き合いになりますね。

佐藤 『佐藤しのぶ 出逢いのハーモニー』というテレビ神奈川の対談番組を一昨年(2016)まで16年半続けさせていただきまして、その番組でお目にかかったのが最初です。
私はそれ以前から鍵山さんのご著書を読ませていただいておりましたが、実際に直接お話を伺えることが夢のようで、私はなんて幸せ者だろうと思いました。このご縁を何とか生かせる人間にならなきゃいけないなと。

鍵山 佐藤さんは世界的に有名な芸術家ですから、私は出演依頼のお話があった時、あまりにもおそれ多いので2、3度ご辞退しました。

佐藤 そうでした(笑)。

鍵山 ただ、佐藤さんから「掃除の話を聴かせてください」ということでしたので、それだったら私にもお答えできるんではないかと思って、恐る恐るまいりました。
その時につくづく、「ああ、世の中にはこういう素晴らしい方がいらっしゃるのか」と思いました。私は芸術家の方にも何人かお会いしていますけれども、普通は人間らしさのない芸術家が多いんです。ところが、佐藤さんは世界に誇れる芸術家でありながら、人間らしさを十分過ぎるほど備えていらっしゃいました。

佐藤 とんでもないです。

鍵山 それで私の気持ちは一遍いっぺんにほぐれて、ごく普通にお話しできたような記憶があります。その後、ご家族で新宿の「掃除に学ぶ会」にお越しくださいましたね。

佐藤 主人と娘の3人で参加させていただきましたが、皆さん本当に素晴らしい方々ばかりでした。初めてだったので右も左も分からずにいると、これを使ったらいいですよと教えてくださって、とにかく気持ちがいい。
真冬の早朝、皆で一緒に掃除をした後の清々すがすがしさ。それはもう忘れられない記憶になりましたし、かけがえのないものです。掃除を通じて皆の気持ちがつながっていったら、どんなに日本はよくなるかと思います。

声楽家

佐藤しのぶ

さとう・しのぶ

東京都生まれ。文化庁オペラ研修所を最年少、首席で卒業。芸術家在外研修員としてミラノへ留学。ウィーン国立歌劇場での「蝶々夫人」を皮切りに欧州、豪州、アメリカでのオペラ及び著名な指揮者、オーケストラとの共演多数。文化放送音楽賞、都民文化栄誉章等を受賞。CD・書籍の収益は世界の恵まれない子供たちへの寄付や、現地の井戸や学校教室設立、医療等に役立て、現在は東日本大震災の義援金として寄付を行っている。