2021年12月号
特集
死中活あり
対談
  • (左)国家基本問題研究所理事長櫻井よしこ
  • (右)日本大学危機管理学部教授先崎彰容
国家百年の計を考える

誇りある国をどう創るのか

国際情勢が激動する中、日本は安全保障をはじめ文字通り危機の最中にあることは事実である。その日本がこれからどのようにして活路を見出すべきなのか。岸田新政権は果たしてこの危機を乗り越えることができるのか。国家基本問題研究所理事長の櫻井よしこ氏、日本大学危機管理学部教授先崎彰容氏に語り合っていただいた。そこから浮かび上がるのは、他ならぬ日本人の意識こそが最大の危機という厳しい現実である。

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日本の新たなステージをもたらした総裁選

先崎 櫻井先生、ご無沙汰しております。

櫻井 若手の論客である先崎せんざきさんと久々にお話しできるのを楽しみにしていました。私は先崎さんの国家論に学ぶところが多く、きょうはこれからの日本のあり方について、じっくりとお話しできたらと思っています。
早速ですが、自民党の総裁選挙が終わり、岸田文雄内閣が誕生しました。『朝日新聞』『毎日新聞』が「旧態依然の自民党」という表現で岸田内閣を批判しています。でもこれは正反対ではないかと私は思います。岸田さんが地味であるだけに代わり映えがしない印象はありますが、今回の選挙で勢力を失った方々を見ると、例えば二階俊博さん、石破茂さん、河野太郞さん、小泉進次郎さん、また二階さんの後ろに控える有象無象うぞうむぞうの人たちの名前を挙げることができます。
その一方、浮上してきた人がいます。例えば政調会長に就任した高市たかいち早苗さなえさんです。安倍晋三さんの後ろ盾があったとはいえ、118人の国会議員の票を得て、党員投票でも2割を獲得しました。それに何と言っても、おそらく男性だったらあそこまで言い切れなかった政策を、彼女は堂々と言い切った。それに引きられる形で岸田さんも従来の路線からかなり踏み込む発言をしました。
政治ジャーナリストの石橋文登ふみとさんが以前、「日の丸を掲げ、君が代を歌う人はかつて右翼と呼ばれたけれども、いまではそれをしないと左翼と呼ばれるようになった。基調が変わった」と発言されていましたが、それと同じことが政治の世界でも起きたと思うんです。

先崎 僕も今回の総裁選は、近年まれに見るほど注目を集めた選挙だったと思いますね。乾いた雑巾ぞうきんしぼれば、自民党という政党には、これほどまでに右から左まで様々な人たちがいるのか、ということが誰の目にも明らかになりました。その意味で、リベラルな野田聖子さんの登場などは野党の存在を無意味化するものでもありました。
櫻井先生のお話のように高市さんが引っ張る形で議論が進んでいったわけですが、特に防衛問題についてそれは顕著でした。選挙戦において防衛問題はなかなか一般国民の関心を引かないんです。しかし、高市さんがとりわけ台湾問題について踏み込んだ発言をされ、そのことによって国民の意識を啓蒙けいもうしたという点でも総裁選の意義は大きいものがありました。

櫻井 おっしゃる通り、日本のいままでの選挙は、福祉をどうするか、子供手当をどうするかといった議論が中心で、防衛問題は票にならないというのが一般的な考え方でした。けれど、今回は安全保障で非常に強い議論がありました。国防論がこれほど堂々と交わされ焦点となったのは衝撃的とも言ってよいでしょう。一連の政策議論によって日本は新しいステージに行けるのではないかという期待も高まりました。それによって候補者が振り分けられましたね。
野田さんの主張は、正直に言って総裁選のレベルに達していないわけですが、先崎さんがおっしゃったように野党的な政策を唱えたという意味では野田さんは野党の存在を相殺そうさいしたわけです。同時に国民に向けて「政治家は本当にこれでいいのか」という問題を提起しました。
彼女の夫が指定暴力団のメンバーだったことは日本国政府がそのことを明らかにしています。仮に彼女が総理になったと仮定して、夫が元暴力団員。こんなことは国際社会では通用しないでしょう。
彼女は彼女なりに愛する人と共に一生を歩むと決めたわけで、その意思を私は尊重したいと思います。しかし、両方手に入れることはできないことも、大人として政治家として受け入れなければならないと思います。

国家基本問題研究所理事長

櫻井よしこ

さくらい・よしこ

ベトナム生まれ。ハワイ州立大学歴史学部卒業後、「クリスチャン・サイエンス・モニター」紙東京支局勤務。日本テレビニュースキャスター等を経て、現在はフリージャーナリスト。平成19年「国家基本問題研究所」を設立し、理事長に就任。23年日本再生に向けた精力的な言論活動が評価され、第26回正論大賞受賞。24年インターネット配信の「言論テレビ」創設、若い世代への情報発信に取り組む。著書多数。最新刊に『亡国の危機』(新潮社)がある。

エネルギー問題の本質が見えてきた

先崎 今回の総裁選で結果的によかったと思うのは、河野さんが登場し、原発の問題が論議されたことです。僕自身、東日本大震災の直接の被災者の一人で、震災当時、福島第一原発に近いいわき市の大学で教えていたという偶然があるわけですが、大震災から10年のこの節目に、福島の復興の問題を含めて考える機会が生まれたことは意味があったと思います。
すが政権はいくつかのレガシーを残していて、その一つが原発の処理水を放水する決断を下したことです。総裁選では、このこともクローズアップされました。

櫻井 私も菅さんのこの功績は高く評価すべきだと思います。安倍さんをもってしても原発の処理水の問題は解決できませんでした。処理水の問題は、単なるエネルギーの問題に留まらず、地元の人たちの気持ちが複雑に絡んでいて、簡単に理屈で割り切れる話ではないんですね。
政治的に非常に難しい問題を菅さんは解決し、しかも世界の理解と支持を取りつけようとIAEA(国際原子力機関)のお墨つきをもらう手続きまで踏んでいる。もちろん、中国や韓国から政治的な反対論は起きていますが、その反対論を国際社会の常識と了承で乗り切ろうとしました。菅さんはなかなか大した人だと思います。
総裁選では原発の問題を議論する中で、河野さんや小泉さんの脱原発の主張が、いかに綺麗事きれいごとで意味を持たないかが分かりました。処理水の放水についても地元ですら賛否両論あって、100%白か黒というような話ではない。日本は再生エネルギーを力強く推進しながら、同時に原子力発電も重要なエネルギー源として推進しなければならないと考えています。総裁選の議論の中で、エネルギー問題の持つ複雑さと重要性が国民にようやく広く浸透してきたのはとてもよかったと思います。

日本大学危機管理学部教授

先崎彰容

せんざき・あきなか

昭和50年東京都生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院博士課程を修了、フランス社会科学高等研究院に留学。現在、日本大学危機管理学部教授。専門は日本思想史。著書に『国家の尊厳』『未完の西郷隆盛』『違和感の正体』『バッシング論』(いずれも新潮社)『ナショナリズムの復権』(ちくま書房)など。