2023年5月号
特集
不惜身命 但惜身命
一人称
  • 曲師玉川祐子

浪曲に投じたこの命
未だ尽きることなし

100歳現役・浪曲曲師に聞く

玉川祐子氏、100歳。いまなお舞台を務める現役の浪曲曲師である。明治初期より広く大衆に親しまれてきた浪曲は、語りを務める浪曲師と、三味線で伴奏をつける曲師が一体となってつくり上げる語り芸。17歳で入門したこの希有なる曲師を、今日まで突き動かしてきたものは何か。三味線携え歩みきた不惜身命、但惜身命の道のりを振り返っていただいた。

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やっぱり浪曲っていいですね

寒空に瑞雲ずいうんたなびく如月きさらぎの2日、玉川さんが住む東京都内の公営アパートで取材は行われた。いまも一人暮らしを続ける百歳曲師きょくしは、とびきりの笑顔で取材陣を迎えてくださった。
ようこそいらっしゃいました。狭い所ですが、どうぞお上がりください。

ここには娘や預かり弟子の港家みなとや小そめがしょっちゅう来てくれるから、いまも一人暮らしを続けているんです。だけど耳は遠いし、右目は見えないし、やだねぇ。もう100歳だからしょうがないんですけどね(笑)。でも脚は元気でタッタ、タッタ歩けるから、いまでも舞台がある度に1人で浅草の定席じょうせき木馬亭もくばていまでバスを乗り継いで行くんですよ。

木馬亭じゃ三味線だけでなく、浪曲ろうきょくもやるんです。他のことはパーだけど(笑)、浪曲だけは3席くらい平気で務めるんです。時々アンコールをいただいて、民謡や演歌を弾き語りすることもありますよ。

去年(2022年)9月の敬老の日に開いていただいた百寿記念の独演会には、本当にたくさんのお客さんがいらしてくださいました。お客さんを泣かせて、笑わせて、感動させる。やっぱり浪曲っていいですね。
玉川さんは、浪曲に三味線で伴奏をつける曲師として、80年以上にわたり活動を続けてきた。
浪曲というのは、浪曲と三味線が一体になって1つの芸になるんです。そして曲師は、三味線と掛け声で浪曲師を陰で支えるのが仕事。だから悲しい場面なのに、「ハーイ、ハイ」って軽い調子で弾いてたんじゃ、お客さんは泣けないでしょ。曲の山場で浪曲師が感極まる時には、こっちも顔の造作が変わるくらいに気持ちを込めてばちを振るう。1曲、1曲、他の人には負けないだけの情を込めてきたつもりですよ。

一緒に舞台に上がる浪曲師は十人十色で、特に関西節と関東節では演奏の仕方も調弦ちょうげんの仕方も全然違うの。「弾けません」なんて言ったら浪曲師の方に恥をかかせちゃうから、そりゃもう必死で練習しました。とにかく語る人の足を引っ張ることのないように、相手のふところに入って一体になって弾く。無事に舞台を終えて、「きょうはいい気持ちでやれたよ」って言ってもらえるのが最高の喜びだね。

曲師

玉川祐子

たまがわ・ゆうこ

本名・中村りよ。大正11年茨城県生まれ。小学校を卒業後、奉公先で聴いた浪曲に魅了され、昭和15年浪曲師の鈴木照子に入門。17年曲師に転向し「高野りよ」として活動。玉川桃太郎と結婚後、「玉川祐子」に改名。100歳となったいまも現役を貫く。