2016年12月号
特集
人を育てる
一人称
  • 甲南大学特別客員教授加護野忠男

名経営者に学ぶ
人を育てる要諦

人材育成こそ、企業発展の鍵を握るといわれるが、松下幸之助氏や稲盛和夫氏など、日本の名だたる名経営者たちは、いかに優れた人材を育て、強い組織を作り上げてきたのだろうか。40年以上にわたって日本企業の研究に取り組んでこられた加護野忠男氏に、名経営者たちのエピソードを交えながら、人を育てる要諦、強い組織をつくる秘訣について伺った。

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凋落の一途を辿る日本企業

経営学をより深く学ぶために私がアメリカに留学したのは、いまから30年以上も前のこと。その当時、日本は高度経済成長の真っ只中で、「世界経済の最大のリスクは日本企業が強すぎること」とまで言われ、日本企業に対する関心が非常に高まっている頃でした。

そして、アメリカ人が日本企業の強さの源泉としてよく言及していたのが、「日本企業は長期雇用のもと、人を大切にして人を育てる経営をしている」ということでした。当時のアメリカでは企業が必要な時に人材を雇用し、必要がなくなれば解雇するというのが一般的だったのです。

また、トップダウンが強いアメリカ企業に対し、日本企業では現場の社員に一定の権限が与えられており、現場から業務改善提案が出てきやすいことも特徴でした。

そのような風潮の中で、私も日本型経営の優れた点に注目し、研究するようになったのでした。ただ、それは日本型経営のほうがアメリカ型経営より優れているということでは決してありません。日本的経営研究の先駆者、アベグレンもおっしゃっていましたが、「アメリカではアメリカ型の経営がうまくいくし、日本では日本型の経営がうまくいく」、つまり、その国の文化に適った経営をしたほうがよい結果を生むことに思い至ったのです。

ところが、バブル崩壊以降、日本型経営に対して、厳しい批判が向けられるようになりました。

そして、グローバルスタンダードに合わせなくてはいけない、アメリカ型経営を取り入れなければいけないと、金融庁が中心となって様々な改革が実施され、成果主義や短期的な利益を求める4半期決算、全従業員が守らなければならない規則を定める内部統制など、それまで日本になかった制度が次々と導入されていったのです。

日本の文化的特性を無視してアメリカ型の制度を導入していった結果、日本型経営の優れた部分が失われていきました。そのような中で続発していったのが、食品の産地偽装、三菱自動車のリコール隠し、東芝の不正会計など、これまでの日本企業では考えられなかった品質不良や名門企業の不祥事にほかなりません。日本企業で働く人々の内部で何か大切なものが蝕まれている──。そう感じているのは私だけではないでしょう。

そこで本欄では、かつての「強すぎる日本企業」をつくり上げた名経営者たちがどのように人材を育て、強い組織を実現してきたのかを学ぶことで、日本企業が失ったもの、そして取り戻すべきものについて考えたいと思います。

甲南大学特別客員教授

加護野忠男

かごの・ただお

昭和22年大阪府生まれ。45年神戸大学経営学部卒業。47年神戸大学大学院経営学研究科修士課程を修了後、神戸大学大学院経営学研究科博士課程に学ぶ。48年より神戸大学経営学部助手、同講師、同助教授、同教授、神戸大学経営学大学院教授などを経て、現在神戸大学名誉教授、甲南大学特別客員教授を務める。『日本型経営の復権』(PHP研究所)『経営の精神』(生産性出版)『松下幸之助に学ぶ経営学』(日本経済新聞出版社)など著書多数。