2019年8月号
特集
後世に伝えたいこと
  • 東京大学名誉教授小堀桂一郎

『万葉集』に学ぶ日本の心

新元号・令和の出典にもなり、改めて大きな注目を集めている『万葉集』。日本最古の和歌集にして、収録された歌の数は実に4,500余首。天皇から庶民に至るまで、多彩な詠み人たちが後世に伝えたかったことは何か。『万葉集』の魅力、そして現代を生きる私たちが学ぶべきものについて、東京大学名誉教授の小堀桂一郎氏に解説していただいた。

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新元号の出典として改めて脚光を浴びる

5月1日より、元号が令和に変わりました。

令和という言葉が、従来の元号のように漢籍ではなく、国書『万葉集』から引いたものであることは、新元号の発表とともに大きな話題となりました。新しい時代を見据え、伝統を重んじつつも新機軸を打ち出したこと。そして、我が国が2,000年を超える悠遠の歴史を通じて、自国の古典から元号を選択できるだけの豊かな文化を築いてきたことを内外に示したことから、誠に画期的な元号採択といえ、私も満腔まんこうの賛意を表したいと思います。

さらに喜ばしいことは、これに伴い、日本人の心の故郷ともいうべき『万葉集』に改めて大きな関心が集まっていることです。

令和のもとになった一文は『万葉集』の巻5にあり、大伴旅人おおとものたびとによりしたためられたものです。


「初春の令月れいげつにして、気く風やわらぎ、梅は鏡前きょうぜんひらき、らん珮後はいごこうかおらす」
(時あたかも新春のき月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉おしろいのごとく白く咲き、蘭は身を飾った香のごときかおりをただよわせている)


ここから取り上げた「令和」の2文字は漢文風には「なごましめる」とも読め、かの聖徳太子「十七条憲法」の「和をもって貴しとす」が想起されます。これが次なる時代を象徴する言葉として元号に採用されたことは、新たに即位なさった天皇陛下への言祝ことほぎにもなり、実に結構なことだと思います。

また、これは大伴旅人が太宰府で梅の花のうたげを催した際に詠まれた32首の序文であり、少なくとも32人が宴に出席したことがうかがえます。つまり、『万葉集』は社交の媒体としての和歌の機能をも思い出させてくれたわけで、この度『万葉集』に改めて多くの人々が関心を寄せたことが、令和という新時代に様々なよい影響をもたらしてくれることを私は期待しています。

東京大学名誉教授

小堀桂一郎

こぼり・けいいちろう

昭和8年東京生まれ。33年東京大学文学部独文学科卒業。36~38年旧西ドイツ・フランクフルト市ゲーテ大学に留学。43年東京大学大学院博士課程修了、文学博士。東京大学助教授、同教授、明星大学教授を歴任。現在は東京大学名誉教授。著書に『和歌に見る日本の心』(明成社)『歴史修正主義からの挑戰』(海竜社)『靖國の精神史』(PHP研究所)などがある。