2019年8月号
特集
後世に伝えたいこと
インタビュー
  • 東急不動産ホールディングス会長金指 潔

意志あるところ
道はひらく

2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、首都圏はいま大きく変貌を遂げつつある。中でも脚光を浴びているのが渋谷の再開発だ。100年に一度の壮大なプロジェクトを東急電鉄と共に推進する東急不動産ホールディングスの金指 潔会長に、これまでの人生と経営の道のりを振り返りつつ、街づくりに懸ける思い、事業発展の秘訣、リーダーとしての心得について語っていただいた。それはそのまま後世へのメッセージといえよう。

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終わりは新たな始まり

——東京オリンピック・パラリンピックの開催を来年に控え、都心の至る所で再開発が進む中、東急グループが手掛ける渋谷の再開発に注目が集まっていますね。

いま割合渋谷が脚光を浴びていますけど、そもそも渋谷を開発しようと考えたのは、創業者・五島慶太ごとうけいた翁なんです。
東急不動産は東急電鉄の不動産部門が独立して、昭和28(1953)年に誕生した会社ですが、設立当時、五島慶太翁は「三井、三菱と伍する不動産事業を推進するため、鉄道会社の一事業部ではなく、一つの企業として事業に取り組んでいく必要がある」と語っています。同時に、将来は渋谷に複数棟の高層ビルの建築をしたいという野望を抱いていたそうです。
当時焼け野原だった谷間の町を何とか近代的な街につくり変えていこうと。その思いを原点にして、営々60年以上やってきたわけですが、そこまで先見せんけんめいがあったことは敬服の念に堪えません。

渋谷はいま東急電鉄を中心に、私ども東急グループ全体を挙げてまさに100年に一度の大規模開発を進めています。これを紐解ひもといていくと、少なくとも私が社長に就任した平成20(2008)年当初から、10年以上かけて地元の方とコツコツ話をしながら、どんな街をつくっていくのか、合意形成をしてきました。このように不動産開発や街づくりというのは一朝一夕いっちょういっせきにできるわけじゃない。
ですから、いま渋谷の再開発が脚光を浴びて、評価されているけれども、その評価というのは端的に言うと、30年前、50年前に汗をかいた先人たちが積み上げたものなんです。

——創業者をはじめ先輩方が築いてきた努力の上にいまがあると。

私の友人に和歌山県で林業を営む日本林業経営者協会元会長の榎本さんという方がいますが、彼らは江戸時代に植えられた木を伐採して生計を立てている。同時に、いま新しい木を植えながら50年、100年先の森をつくっている。林業とはこういう長いサイクルで動いている事業なんですね。
不動産開発事業も同じように、10年、30年、50年、強いて言えば100年先の日本がどうなっていくかを念頭に置きながら、じゃあいま何ができるのかを考えていかないといけない。

——遠きおもんばかりを持って、いま為すべきことを定めていく。

現在渋谷は刈り取りの時期ですから、その時に次の種をどこにくか。ここが一番大きな仕事だろうと思うんですね。例えば、渋谷から代官山のほうに、あるいは渋谷から原宿を通って新宿に抜けたり、渋谷から表参道、青山、赤坂、銀座へとつなげていったり、こういう大きな面展開をして広げていく。そういう意味で仕事は無限にある。だから、一つの開発が完了しても、終わったと思ってはいけない。一つの開発の終わりは新たな始まりなんです。

——終わりは新たな始まり。

常にそう考えておかないと間違ってしまう。人間の集団ですから、お祭り騒ぎでモノができて、達成感や満足感にひたる。それも大事なことではありますけど、そこで「終わったね」「よかったね」と言っちゃうと、進歩が止まってしまうんです。

東急不動産ホールディングス会長

金指 潔

かなざし・きよし

昭和20年東京都生まれ。43年早稲田大学政治経済学部卒業後、東急不動産入社。52年から平成10年までの21年間、グループ会社に出向する。常務、専務を経て、20年社長に就任。25年ホールディングス体制に移行。27年より現職。