「日本一予約の取れない鮨店」として名高い東京赤坂の「あら輝」。いまも半年待ちの名店である。店主の荒木水都弘氏を鮨職人の手本として仰ぎ、鮨道を歩き続けるのが金沢の「大工町鮨人」店主・木村泉美氏。木村氏は荒木氏が出演したテレビ番組のビデオを擦り切れるほど視聴、独学で技術を身につけた業界の異端児でもある。共にミシュランを獲得したこの道のプロに、夢を抱いて一道を歩み続けた今日までの歩みを振り返っていただいた。
【写真=左から木村氏、荒木氏】
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「あら輝」店主
荒木水都弘
あらき・みつひろ
昭和41年福岡県生まれ。25歳で鮨職人の道へ。「寿司いずみ」で修業し、「きよ田」の二代目親方、新津武昭氏に師事。平成12年世田谷区上野毛で「あら輝」を開店する。22年に銀座に移転した後2年続けて三つ星を獲得。ロンドン出店中の28年二つ星を獲得。29年、30年には欧米の鮨・日本料理で初の三つ星に輝く。令和3年香港で一つ星を獲得。6年活動の場を日本に移し、赤坂に「あら輝」を再オープンする。
「大工町鮨人」店主
木村泉美
きむら・いずみ
昭和43年東京都生まれ。少年期は富山県で生活し、二十歳で上京。独学で鮨の技術を学び、平成18年富山市内に「鮨し人」をオープン。素材のおいしさを科学的に研究するなど独自の技術を極め、全国から人が集まる人気店となる。令和3年ミシュラン一つ星を獲得。同年からスシローとのコラボでメニューを共同開発。令和7年拠点を富山市から金沢市に移し「大工町鮨人」をオープン。
一期一会の思いで鮨を握り続けて、「あら輝」は 「日本一予約の取れない鮨店」と呼ばれるようになった