2017年12月号
特集
対談
  • 坂村真民記念館館長西澤孝一
  • 臨済宗円覚寺派管長横田南嶺

坂村真民さかむらしんみん
目指したもの

人々の心に光を灯す詩を書き続けた宿願の国民詩人・坂村真民。97年の生涯に創作した詩は1万篇を超えるという。ともに若き頃から真民詩に魅せられ、このたび致知出版社より真民詩に関する本を刊行された西澤孝一氏と横田南嶺氏が語り合う「坂村真民の愛と求道と祈りの生き方」とは──。

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796冊に及ぶ詩記を読破

横田 今回、西澤館長と同じ時期に坂村真民先生に関する本を致知出版社から刊行し、お互いに序文を書かせてもらいました。そこでも触れましたように、真民先生の詩についての知識量は西澤館長がダントツだと思いますので、予てより真民詩の著書を出してほしいと願っていたんです。
ですから、第一作となる『かなしみを あたためあって あるいてゆこう』が上梓されたことをとても嬉しく思っています。

西澤 かつての公務員生活からすると、本を書くなんて全く考えてなかったんですけど、縁あって真民の三女・真美子と結婚し、坂村真民記念館の開館以来、5年間館長を務める中で、やはりまだまだ真民詩を知らない方がたくさんいらっしゃるなと。
そういう方たちにこんな素晴らしい詩があるんだということを知ってもらいたい。手に取りにくい堅い詩集ではなく、詩を解説した柔らかい本にして出せば、真民詩と出逢って魅力を感じてもらえるんじゃないか。その思いがずっと心の中にあったんですね。

横田 この本には有名な詩が多く収録されていますが、それぞれの詩が何歳の時にどういう背景でつくられたのか、丁寧に紐解かれていて、それから貴重な家族写真なんかも掲載されています。
私も「夕空」という詩に出てくる美しい心を持った人が誰のことなのか、この本を読むまで知りませんでした。ですから、真民詩について相当勉強し、読んでいる人でも、「ああ、こういう背景があったのか」「この詩はこの時にこういう人を思ってつくられたんだ」と深い学びが得られると思います。
それには何と言っても、真民先生が詩作のために綴られた796冊に及ぶ詩記(思索ノート)を全部読まれたことが大きいのでしょうね。これはどれくらいかかりましたか。

西澤 ザーッと走り読みで1年半です。平日は仕事から帰ってきた夜7時半から深夜1時くらいまで、土日は朝から晩まで読みました。
私の家内は何十年も一緒に真民と生活していたんですけど、詩の話や人生論について一切聞いたことがないと。やはり普通は父親が娘に対してそういう話をすることはないのでしょう。ただ、真民が詩に込めた思いはこの詩記の中にいっぱい書いてあるんですね。

横田 それにしても796冊もの詩記を読破するのは、並々ならぬ決意がなければできません。

西澤 そうですね。でもやっぱり館長を引き受ける以上は、どんな人が来館されても真民詩についてある程度お話しできないといけないという思いがありましたから。

横田 では、記念館ができる前に読まれた?

西澤 はい。それまでにしっかり準備を整えておこうと。その時の体験が今回出版という形で実を結ばせてもらったことに、いま一番感謝しています。

坂村真民記念館館長

西澤孝一

にしざわ・こういち

昭和23年愛媛県生まれ。16歳の時、坂村真民と出逢う。18歳で真民の詩に感銘を受け、愛読書となる。大学を卒業後、愛媛県庁に就職し定年まで勤め、その間、坂村真民の三女と結婚。真民の晩年をともに過ごし、最期を看取る。平成24年より坂村真民記念館館長。著書に『かなしみを あたためあって あるいてゆこう』(致知出版社)。

苦闘の末に生まれた絶妙なバランス

横田 真民先生は昭和26年から毎年1冊ずつ自費出版で詩集を出され、それらをまとめて『自選 坂村真民詩集』(以下『自選詩集』)を昭和41年に上梓されました。

西澤 半世紀もの長きにわたって版を重ね、累計11万部を超えていた詩集です。

横田 それが絶版になると西澤館長から聞いて大きな衝撃を受けたんですが、昨年(2016年)、致知出版社で新装版を出していただき、光栄にもまえがきを書かせてもらいました。
で、いろんな人たちに薦めていたんですね。ところが、こういう声が聞こえてきました。「自分は『タンポポ魂』の詩が好きなんだけれども、載ってないじゃないか」「『鳥は飛ばねばならぬ』はどこにあるんだ」と。これは57歳の時の詩集ですから、それ以降の詩は残念ながら載っていない。
それで、『自選詩集』の他にもう一つこれはという詩集があるといいなと思っていたところに、致知出版社から『坂村真民詩集百選』っていうのはどうだろうかとご提案をいただきました。
これはいろんな人に薦めるのにいいなと思って、実に気楽に引き受けたんですね。しかし、それが後悔と苦闘の始まりで(笑)、どれを選び、どれを削るかという編集の大変さを初めて実感しました。

西澤 どんなことを心掛けて詩を選ばれましたか。

横田 一番気をつけたのは、各出版社からたくさん出ている既存の詩集に載っている詩を選んでも面白くないと。それでは並べ替えただけですから、『坂村真民全詩集』(以下『全集』)全8巻、これを底本にして選びたいと思ったんです。
西澤館長、『全集』は全部で幾つくらいの詩があるんですか。

西澤 7,000くらいですね。

横田 ああ、7,000くらいですか。『全集』はいつも読んでいるものですから、その7,000の詩の中からざっと選んだだけでも300を遥かに超えていました。
あと、分類ですね。これも考えました。年代順に並べるのも一つですし、ランダムに並べるのもありだろうと思いました。でも私はふと4つのテーマを考えたんです。「愛」「道」「花」「和」。真民先生といえば、一遍上人を慕って坐禅をしたことから、禅僧のような生き方をした厳しい人だと見られることも多いと思うんですけれども、今回の詩集では母への思い、家族の愛を一番前面に出したいなと。
ところが、「愛」の章に母の詩と家族の詩が多過ぎてとても収まらない。やっぱり「母」というのは真民先生にとって一大テーマですから、これは独立させて五つにしました。しかし、テーマごとに20に削るというのは、もう苦労に苦労で、最後は諦めるしかないという気持ちで100に絞ったんです。
ですから、当初は自責の念しかありませんでした。あの詩も入れられなかった、この詩も入らなかったと。本が届いても人に薦めるどころか、開く気にすらなれなかったんですね。
ところが、数日前にようやく開いてみましたら、いいんですね、これが(笑)。いまは人に薦める時、第一章の「母」の詩を読んでもらうだけでも、人間の一番大事なところが伝わると言っています。

西澤 序文にも書かせてもらったんですけど、私が読んでまず感じたのは非常に絶妙なバランスだなということですね。『全集』にだけ載っている、つまり既存の詩集に載っていない詩が33篇、『自選詩集』以降の詩が45篇ある。
そういう中で、やはり横田管長でないと選ばれない詩や、よくぞ選んでくださったと思うような真民の魅力の詰まった詩がたくさん鏤められています。

横田 よく知られている詩だけを集めたのでは、真民詩を読んでいる人にとっては面白くない。そうかといって、一般に知られていない詩ばかり集めても、初めての人にはとっつきにくい。どういう割合にしようかということも、気にはなっていたんです。
しかし、私は全然計画を立てずに感性だけで生きている人間なものですから、『全集』にしかないのは幾つだとか全く計算せずに選んだところ、いま西澤館長がおっしゃったようなバランスになった。これは本当に不思議で、真民先生と一体になったとは言いませんけれども、近づくことができたなと感じた次第であります。

臨済宗円覚寺派管長

横田南嶺

よこた・なんれい

昭和39年和歌山県生まれ。62年筑波大学卒業。在学中に出家得度し、卒業と同時に京都建仁寺僧堂で修行。平成3年円覚寺僧堂で修行。11年円覚寺僧堂師家。22年臨済宗円覚寺派管長に就任。著書に『禅の名僧に学ぶ生き方の知恵』『人生を照らす禅の言葉』など多数。最新刊に『坂村真民詩集百選』(いずれも致知出版社)。