共に半世紀以上、一道を歩み、80代の現在も世界的な活動を続けるデザイナーのコシノジュンコ氏。指揮者の小林研一郎氏、お二人に共通するのは様々な試練や出会いによって自身の人格と芸術を磨き、新たな心境を開拓してきたことである。長年親交を深めてきたお二人に、転機となった出来事を振り返りつつ、続けてきたからこそ見えてきた世界を語り合っていただいた。
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デザイナー
コシノジュンコ
コシノ ジュンコ
大阪府生まれ。1960年代より数々のグループサウンズの衣装で活躍。日本万国博覧会にて生活産業館、ペプシコーラ館、タカラ・ビューティリオン館の3パビリオンのユニフォームをデザイン。1978年から22年間、パリコレクションに参加。1985年北京での中国最大のショウをきっかけに、ニューヨーク(メトロポリタン美術館)、ベトナム、キューバ、ロシア、ポーランドなどでファッションの枠を超えた日本文化を発信するショウを開催してきた。DRUM TAOの舞台衣装・琉球海炎祭の花火のデザインも手掛ける。2017年文化功労者。2021年レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ、2025年日本国際博覧会協会シニアアドバイザー、同年文化勲章受章。
指揮者
小林研一郎
こばやし・けんいちろう
1940年福島県生まれ。東京藝術大学作曲科、指揮科の両科を卒業。74年第1回ブダペスト国際指揮者コンクール第1位、特別賞を受賞。その後、多くの音楽祭に出演する他、ヨーロッパの一流オーケストラを多数指揮。2002年の「プラハの春音楽祭」では、東洋人初のオープニング「わが祖国」を指揮。ハンガリー国立フィル桂冠指揮者、名古屋フィル桂冠指揮者、日本フィル音楽監督、東京藝術大学教授、東京音楽大学客員教授などを歴任。ハンガリー政府よりハンガリー国大十字功労勲章(同国最高位)等を、国内では旭日中綬章、文化庁長官表彰、恩賜賞・日本芸術院賞等を受賞。2025年新宿区名誉区民。
76年間、ベートーヴェンの背中ばかりひたむきに追い続けてきましたが、まだまだ遥か遠い存在です──小林研一郎
コシノ氏が生まれ育った大阪・岸和田のコシノ洋装店