2026年7月号
特集
続けてこそ道
特別講話
  • 全日本柔道連盟名誉会長山下泰裕

我が柔道人生を語る

柔道家として前人未踏の戦績を重ね、引退後も国の枠を超えて柔道界の発展に尽力し続けてきた山下泰裕氏。3年前(2023年)には不慮の事故で大怪我を負うも、奇跡的に復帰を果たし、些かも衰えることのない闘志をもって、なおも柔の道を歩み続けている。人生の大きな転機を迎えたいま、山下氏の胸に去来するもの。そして柔の道を一筋に歩み続けて見えてきたものは何か。復帰後、初めての表舞台となったフィロソフィ経営実践塾(旧盛和塾横浜)での講演をここに紹介する。

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    全日本柔道連盟名誉会長

    山下泰裕

    やました・やすひろ

    昭和32年熊本県生まれ。小学4年で柔道を始め、全日本選手権大会9連覇、ロサンゼルス五輪無差別級金メダル、対外国人選手無敗、公式戦203勝の戦績を上げる。60年現役引退。その後、柔道教育ソリダリティー理事長、全日本柔道連盟会長、日本オリンピック委員会(JOC)会長などを務めた。著書に『背負い続ける力』(新潮社)など、共著に『武士道とともに生きる』(角川書店)などがある。

    一歩でも二歩でも近づきたい存在

    皆さん、こんにちは。本当にお久しぶりでございます。

    私は、2023年に頸髄けいつい損傷の大怪我けがを負い、しばらく入院、リハビリ生活を続けておりましたので、こうして多くの皆さんの前で講演させていただくのは、怪我をした後は初めてです。両手両脚が不自由で、肩から下は麻痺まひしておりますから、うまくお話ができるか、できないか、分かりませんけれども、上のほうから見てくださっている稲盛和夫塾長から叱責しっせきされないように、気を引き締めてお話ししたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

    このフィロソフィ経営実践塾の前身は、京セラ創業者・稲盛和夫塾長に学ぶ勉強会・盛和塾せいわじゅく横浜でございます。私も15年くらい前に在籍して、他の塾生の皆さんと一緒に学び、酒食を共にしながら語り合ったことをとても懐かしく思い出します。本日はまず、稲盛塾長との出会いからお話ししたいと思います。

    いまから35年くらい前、自己啓発のビデオを購入したところ、そこの会社の社長さんからプレゼントされたのが、稲盛塾長の講話テープでした。「なぜ経営に哲学が必要か」「大善をなす勇気」といったテーマで、ご自分の失敗を織り交ぜながら、飾ることなく、実直な口調で淡々とお話しになっていて、耳を傾けているうちに、もう全身に染み渡るように塾長の教えが入ってくるんです。私は通勤時間などを利用して、そのテープを擦り切れるくらい繰り返し聴き、ご著書もたくさん購入して夢中で読みふけりました。

    そんな折、ご縁のあった方から「一緒に稲盛哲学を勉強しませんか?」とお誘いをいただき、盛和塾へ入塾したのが始まりでした。私は塾長にお目にかかるのがとても待ち遠しく、初めて対面する前に夢で2回もお会いしていたほどでした。

    稲盛塾長のお話で印象に残っているのは、真のリーダーは目先の小善しょうぜんにとらわれず、長期的視点に立って本質的な大善たいぜんを行う勇気を持つべきだという「大善を成す勇気」。第二電電(現・KDDI)の創業を決断する際に繰り返しご自身に問いかけられた「動機善なりや、私心なかりしか」。また、「運命と立命」というお話では、袁了凡えんりょうぼんの『陰騭録いんしつろく』という古典を引き合いに、日々の行いによって自分の運命は変えていけることを説いてくださいました。

    これは自分にはできないと思ったのが、目標が自分の真上にあったら、迂回路うかいろを探すことを考えてはダメだ。垂直登攀とうはんするんだと。このお話には思わずうなりました。

    天国と地獄のお話も大変印象に残っています。天国も地獄も同じような場所であり、違うのはそこに住んでいる人の心懸け。私はこの教えに共感し、大学の教え子によく話して聞かせました。

    私にとって稲盛塾長は、自分にはとても真似まねできない偉業を成し遂げたすごい人であると同時に、しかし一歩でも二歩でも近づきたいあこがれの存在でした。素晴らしい生き方をしている人に出会ったら、そう思って精進していくことが大事だと思います。