2017年9月号
特集
閃き
鼎談
  • 宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系教授川口淳一郎
  • 明治大学教授齋藤 孝
  • 大阪大学教授石黒 浩

閃き脳をどう創るか

小惑星探査機「はやぶさ」をはじめ長年宇宙開発に携わってきた川口淳一郎氏、大学教授の傍ら幅広いジャンルの書物を世に送り続ける齋藤 孝氏、人間そっくりのアンドロイド研究開発の第一人者である石黒 浩氏。この3氏に共通するのは、まさに「閃き」という言葉だろう。3氏はそれぞれの立場で、いかに閃きを得、それを形にしてきたのか。〝日本の頭脳〟が語り合う閃き脳の創り方。

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意図や欲求を持ったロボット

齋藤 アンドロイド(人間酷似型ロボット)研究開発の第一人者である石黒先生、小惑星探査機「はやぶさ」のプロジェクトマネジャーを務められた川口先生を交えてお話ができるというので、きょうは楽しみにしてきました。
最近、テレビではタレントのマツコ・デラックスさんをモデルにしたマツコロイドや夏目漱石そっくりの漱石アンドロイドが登場し、国民の関心を集めているようですが、ロボットの研究はいまどの段階に来ているのですか。

石黒 僕がこれから取り組もうとしているのは全体として人間らしく見えるロボットではなく、例えば対話とか、人としての存在感とか、心とか、人間の要素を備えた人間らしいロボットの開発です。いまはそのためのきっかけを掴めれば、と模索しているところなんですね。
従来のロボットの行動原理は単純作業などのタスク機能がほとんどで、自ら意図や欲求を持って行動するロボットはまだこの世界に誕生していません。マツコロイドや漱石アンドロイドも遠隔操作型ロボットで、操作する人間が別の場所でモニターを見ながら話したり体を動かしたりしています。確かに人間そっくりに動くのですが、意図、要求をプログラミングしているわけではないんです。

齋藤 意図ということになると、ロボット自体が会話の文脈を理解して、いまの状況を正しく判断する力が必要になりますね。

石黒 もちろん、夕食時の会話のような汎用的な理解力をロボットに求めるのは無理でしょう。いまのロボット技術は、例えばホテルの受付のような限られた状況を理解して対話する形でしか実現していないわけですが、内的な目標を持ちつつ人と会話ができるというところまで持っていかないと、機械的に応答する単なるチャットロボットで終わってしまうと僕は思っています。

齋藤 人間の場合、欲望が行動の原動力になることがありますが、ロボットに何かしらの欲望をプログラミングして、そこから何かを生み出すことができるようになるのでしょうか。

石黒 欲求は遺伝子に書き込まれているもので、学習するものではないと思っています。ですから人の話を理解したい、自分の言っていることを認めてもらいたいという欲求を予めロボットにプログラミングしておいて、それらを満たすように感情を表現したり、相手に対したりできるようにすることが大事になってきます。
これが意図というレベルになると、ご飯を食べたいのでレストランに行く、というように具体的な目標を達成する手段を考えていくことになるんです。

齋藤 なるほど。人間がなんとなく無意識でやってしまうことを、ロボットがやってしまう。実現すればすごい世界が訪れそうですね。

宇宙科学研究所宇宙飛翔工学研究系教授

川口淳一郎

かわぐち・じゅんいちろう

昭和30年青森県生まれ。53年京都大学工学部機械工学科卒業。58年東京大学大学院工学系研究科航空学専攻博士課程修了。同年旧文部省宇宙科学研究所システム研究系助手に着任し、平成12年教授に。「さきがけ」「すいせい」などの科学衛星ミッションに携わり、「はやぶさ」ではプロジェクトマネージャを務めた。著書多数。

生身の人間が無機物化してしまう?

川口 僕が関わっている宇宙科学もロボット工学と重なる部分が多いのですが、いま石黒さんのお話を聞きながら、将来、ロボット工学が発展して、人間が何もしなくても生命を繋いでいけるようになった時に、欲求は果たして残るのだろうかと考えました。
というのも、人類が誕生して1億年ほどで種の絶滅のような現象が起きるとされていますが、おそらくそれよりも早い段階で人間という生命体がデータベース化されるような気がするんです。データ化されて人間の機能すべてが維持できるようになった時、果たして欲求というものはどうなるだろうかと……。

石黒 僕も最近似たようなことを考えています。我われの生活環境を見渡すと、ほとんどロボットに取って代わられている。生身でやっている領域は少なくて、いま川口先生がおっしゃったようにデータ化を含めてある種の無機物化がどんどん進んでいるんですね。たぶん、あと千年もすれば多分に無機物的な存在になってしまう。そうなれば、人間の寿命のスケールもいまとは全く違ってくることでしょう。

川口 僕はそういうことを含めた未来予測を考えることも重要だと思っているんです。もし人間がデータ化されるほうが早かったら、エネルギー開発など環境への取り組みは一体意味を持つのかという話にもなるわけですから。

石黒 確かに将来、生身の身体に意味がなくなるとしたら、有機物の身体を維持するための資源の奪い合いなどはなくなるでしょう。それでもデータを維持する仕組みは必要ですから、競争自体がなくなるとはなかなか考えにくいのですが。

齋藤 人間がどんどん無機物化しデータ化されて人間の要素が減っていく状況の中で、そのスピードに生身の人間がついていけないということは確かにあると思います。人間がこのまま大人しく環境に順応するのか、それとも自己保存の欲求にしろ何かしら意志みたいなものを残し続けるのか。そのあたりの運転技術を身につけることが人間にできるのかということは心配ではありますね。

川口 もし、心までデータ化されるようになれば、私たちが感じる喜びや満足感とは一体何なのでしょうね。そんな未来がやってくるとしたら実につまらないし、競争の中で生きるほうが人間はずっと心の満足感が得られるのではないかと僕は思います。

齋藤 仏陀は悟りを得ることで執着をなくす技術を確立したという言い方ができるかもしれませんが、心をデータ化することで仏陀のような心の技術によらずとも、そういう満足感が必然的に現れるということなのでしょうか。
そこで思うのは、いまの学生たちのことです。学生たちを20年、30年と見ていると、ある種の悟り化といったものを感じるんです。車が欲しいとか、お酒が飲みたいとか、いい時計が欲しいとか、そういう欲求が次第に削ぎ落とされてきている。

川口 ああ、それは僕も感じることですね。

齋藤 欲が削ぎ落とされて、唯一残っているのがコミュニケーション欲みたいなものです。コミュニケーションが取れていないという点では学生は仏陀と大きく違うわけですが(笑)。

石黒 競争がなくなって生々しい欲求が必要でなくなった世界では、単に繋がることだけが目的になるのかもしれません。

川口 そう思うと、彼らは未来を先取りしていることになりますね(笑)。食いっぱぐれる心配が非常に少なくなって、きちんと生活が維持できるとなると競争する必要がなくなってしまう。そうなると、どこか悟りきったような無欲な世界に入ってしまう。来るべき未来が窺えるような現実ですね。

明治大学教授

齋藤 孝

さいとう・たかし

昭和35年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大学院教育学研究科博士課程を経て、現在明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書に『楽しみながら1分で脳を鍛える速音読』『子どもと声に出して読みたい「実語教」』『親子で読もう「実語教」』『子どもと声に出して読みたい「童子教」』『日本人の闘い方~日本最古の兵書「闘戦経」に学ぶ勝ち戦の原理原則~』(いずれも致知出版社)など多数。