2022年5月号
特集
挑戦と創造
インタビュー①
  • モンベル創業者辰野 勇

絶えざる挑戦が
道をひらいた

アウトドア用品のメーカーとして国内最大規模を誇るモンベル。創業者の辰野 勇氏は1975年、28歳の時、資本金ゼロでこの事業を始めた。47年を経た現在、グループ全体で800億円以上の売り上げを計上するまでに成長を遂げた。常に時代の先を読み、様々なアイデアで道をひらいてきた辰野氏にその挑戦と創造の歩みを伺う。

この記事は約11分でお読みいただけます

アウトドア用品で国内最大規模

——モンベルといえば登山愛好者なら誰もが知るアウトドア用品のメーカーですが、その事業規模は日本でトップだと聞いています。

ありがたいことに現在、大阪を中心に全国で130店舗を構えており、モンベル単体では年商200億円、グループ全体では840億円の売り上げを計上しています。47年前、僕が28歳で設立した時は、雑居ビルの7坪の空間に机と電話が置いてあるだけの会社でしたから、それを思うと感慨深いものがありますね。
だけど考えてみたら、山好きがこうじてここまで歩いてくることができたというのが実感なんです。

——山好きが高じて?

僕は経営者であると同時にアルピニストです。1969年、ヨーロッパ三大北壁のうちスイスのアイガー北壁とマッターホルンの北壁を当時史上最年少の21歳で 登攀とうはんしました。それから50年が経過した2020年、ツェルマット(スイスの山岳観光地)の観光協会会長からお誘いを受けてマッターホルンに再挑戦したんです。
マッターホルンは4,000メートル級の山で、今回は北壁ではなくノーマルルートと呼ばれるルートから登りました。技術的に厳しいという感覚はあまりありませんでしたが、高山病におかされましてね。最近、コロナのニュースでよく耳にする血中酸素濃度、これが一般に90を切ると大変といわれる中で70を切ってしまいました。意識が朦朧もうろうとしていたのは確かですが、僕には下山という選択肢はなく、地元ガイドの協力で登り切ることができました。

—— 70歳を過ぎて、大変な挑戦をされましたね。

世間的には高齢者なのでしょうけど、僕にはそういう自覚はありませんし、いまも本業の他にいろいろなことに挑戦しています。
一つには「モンベル・チャレンジ・アワード」というもので、これは何かにチャレンジする人たちを表彰して、いくばくかの資金的協力をしようというものです。アウトドアスポーツもそうですが、人道支援、例えばペシャワール会の故中村哲先生などにも支援をさせていただきました。
僕自身、若い頃のチャレンジがいまの自分を形成しているという自負があり、一方で、アイガー北壁登攀に当たってスポンサー協力を申し出て門前払いをされるつらさも味わっています。「モンベル・チャレンジ・アワード」を設立した理由は、そういう体験がもとになっているんです。
それから「アウトドア義援隊」という災害支援活動。これは阪神・淡路大震災の現状を目の当たりにして、何かモンベルでお役に立てることがあるならと寝袋2,000個、テント500張りをお配りしたのが最初です。アウトドアの装備は災害時に即戦力となるんですね。
11年前の東日本大震災の時もアウトドア関連の人たちにお声がけをして義援隊を再編成し、全国から多くの協力をいただきながら3か月をかけて2トントラック150台分の物資と5,000万円の現金をお配りさせていただきました。

モンベル創業者

辰野 勇

たつの・いさむ

昭和22年大阪府生まれ。44年アイガー北壁日本人第二登(当時世界最年少)を達成。登山用品店、商社勤務を経て50年登山用品メーカー・モンベル設立。平成19年に代表取締役会長兼CEOに就任。野外教育や災害支援の分野でも活動。著書に『モンベルの原点、山の美学』(平凡社)『モンベル7つの決断』(ヤマケイ新書)など。