2020年10月号
特集
人生は常にこれから
対談
  • (左)「中塾」代表中 博
  • (右)志ネットワーク「青年塾」代表上甲 晃

眼前の破局は
天の啓示であり、天訓である

松下幸之助に学ぶ 危機の乗り越え方

経営の神様と称される松下幸之助。赤貧・病弱・無学歴にも拘らず、丁稚奉公から身を起こし、戦後、財閥指定や公職追放をはじめ様々な逆境を乗り越え、一代で世界的企業へと発展させたことは有名である。目下の新型コロナウイルス禍にどう対応するか。そのヒントをも松下幸之助は示してくれているという。共に松下幸之助に薫陶を受けてきた上甲 晃氏と中 博氏が、その足跡や言葉を交えながら語り合う、ウィズコロナ時代の経営と人生。

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『松下幸之助発言集』全45巻を読破

 新型コロナウイルスの感染拡大による外出自粛期間に、上甲さんが『松下幸之助発言集』(以下、『発言集』)を全巻通読されたと聞いて、もう感嘆しました。

上甲 ご存じの通り、全45巻ありますが、最後の1巻は索引なので、実際には44巻ですね。
読み切ってまず思うのは、若い頃に買っておいてよかったなと。『発言集』は松下幸之助三回忌の平成3年に出版されているんですよね。その時、女房に無理言って、大枚たいまいをはたいて買った(笑)。

 僕も一緒です(笑)。

上甲 あの時に全45巻をそろえておいたのが、いまにしてみたら大正解だと思ったんです。それが家の本棚にあったから、今回の自粛期間に読めたわけですよね。
松下政経塾の塾頭時代に一度全巻読んで、その後30年くらいほこりかぶっていました。で、その隣にはトインビーの『歴史の研究』全25巻が置いてあったんですよ。当初は『歴史の研究』に挑戦しようと思ったんですけど、15分もかかりませんでしたね、居眠りするのに(笑)。これはいかんわと。それで隣にある『発言集』に立ち戻ってみようと思ったんです。

 何日くらいですべて読まれたんですか?

上甲 1日1巻のペースで読んでいきましたが、実際には100日くらいかかっているんですよ。というのは、単に読むだけではなくて、必ず1日に1巻読んだら、一番印象に残った松下幸之助の言葉を取り出し、それに関連して自分の経験したことを400字詰め原稿用紙4枚ほどの文章に書いていました。終わってみたら、93項目にわたり400枚近くになりました。
それを30年間日々制作している〝デイリーメッセージ〟で紹介したところ、ツムラの加藤照和てるかず社長から「これは非常に参考になるので、うちの役員と幹部社員に毎週1回ずつ発信してほしい」と依頼がありました。それで俄然がぜん力が入ってきましてね。ただ一方的に発信するのではなく、向こうから質問が来ますので、非常にいい刺激をいただいています。

志ネットワーク「青年塾」代表

上甲 晃

じょうこう・あきら

昭和16年大阪府生まれ。40年京都大学卒業と同時に、松下電器産業入社。広報、電子レンジ販売などを担当し、56年松下政経塾に出向。理事・塾頭、常務理事・副塾長を歴任。平成8年松下電器産業を退職、志ネットワーク社を設立。翌年、青年塾を創設。著書多数。近著に『松下幸之助に学んだ人生で大事なこと』(致知出版社)。

「人間はまず腹を括らなあかん」

 僕も時々、講演の合間にポツポツと何巻か索引を見ながら読んでいたんですよ。それで今回上甲さんに刺激されて、俺もちょっと読んでみようかと。流し読みですけど、20巻くらい読み返す中で、改めてこの人はすごいなぁと思い直しました。
30年前に読んだ時には感じなかったような新たな発見や気づきも、多かったのではないですか?

上甲 まず気がついたのは、コロナにどう対応すべきかがピシッと書いてあったということです。
「今日の現状というものがいかに厳しいものであるかということをはっきり認識してかからなければならない。そういう認識があると少々の変化にもあい応ずることができるし、またそういう動きに対しても非常に敏感に対応できる。その心構えがあるかないかが今後の発展に大きく影響する」
新型コロナウイルスは一過性で、すぐ収束するだろうという淡い期待もありましたが、非常に厳しい事態であることをまず認識しろと。
「国家の繁栄なり国民の繁栄をどう考えるべきかということを持たずに、単に自己の利害や自己の安全、あるいは上手に世の中を渡るほうが利口だと考えていたのでは今日の時代をあやまたしめる」
困難に直面すると、どうしても人間はうろたえ、自分の安全や損得を考えるけれども、自分のことばかり考えていたら絶対に浮かび上がれない。こういう時こそ天下を考えるという大きな視点、思いを持たないと生き残れない。この二つの言葉にグッときました。

 含蓄がんちくのある言葉ですね。

上甲 それから面白いなと思ったのは、「尋常一様じんじょういちようの時にはよほど優れた人でも安易に流れがち。しかし非常な困難に直面すると、そう立派な人でなくても、一つの決意、覚悟が生まれる」。
これもいいなと思ったんですよ。
「個人にしても団体にしても国にしても、過去の歴史が雄弁に物語っているものは、非常に困難な情勢に直面した時に、その国の人なり団体なりが、困難の実態をはっきり自覚認識して、これを何とか除去しよう、さらに発展の姿に戻そうと決意をし、その決意に基づいて懸命な努力をした時に、偉大な発展を遂げている」
読み始めていきなりこういう言葉に出逢ったので、すごく力が湧いてきたわけですよ。「そうか!」とね。右往左往うおうさおうしたり、浮き足立ったりしている場合と違うなと。で、腹をくくったんですよ。よし、もう中途半端に外へ出るのはやめよう。100日間は一切家を出ないで読書に集中しようと。
そうしたらこの本にも、「人間はまず腹を括らなあかん。中途半端な覚悟をしているとせっかくの機会が生かせない」というようなことが書いてあるわけですよ。まず覚悟を固め、腹を括る。それがすべての出発点だと。これらの一言一言が自粛の日々にすごく大きな力を与えてくれました。そういう意味で、非常にいい時にいい本に巡り合えたと思っています。

 新型コロナウイルスの問題がなかったら、『発言集』を読み返そうとは思わなかったでしょうし、いまの箇所だって読み飛ばしていたかも分かりませんね。

上甲 その通り。30年前、松下政経塾時代に読んだ際にも、気になった箇所に線を引いているんですよ。ただ当時は政経塾の運営に困っていたから、それに関するところばかり線を引いているわけです。つまり前に読んだ時は出逢っていない、今回初めて学んだことがいっぱいあります。

「中塾」代表

中 博

なか・ひろし

昭和20年大阪府生まれ。44年京都大学経済学部卒業後、松下電器産業入社。本社企画室、関西経済連合会へ主任研究員として出向。その後、ビジネス情報誌「THE 21」創刊編集長を経て独立。廣済堂出版代表取締役などを歴任。その間、経営者塾「中塾」設立。著書に『雨が降れば傘をさす』(アチーブメント出版)がある。