2022年12月号
特集
追悼・稲盛和夫
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  • 稲盛和夫

利他の心こそ繁栄への道

稲盛和夫氏。日本を代表する経営者として、その名を知らない人はいまい。京セラやKDDIを創業し、それぞれ1.8兆円、5.4兆円を超える大企業に育て上げ、倒産したJALの会長に就任すると、僅か2年8か月で再上場へと導いた。功績はそれだけに留まらない。中小企業経営者の勉強会「盛和塾」の塾長を務め、国内56塾、海外48塾、塾生数は約1万5,000名に及んだ。日本発の国際賞「京都賞」を創設し、人類社会に多大な貢献をもたらす人物の顕彰を続けてきた。稲盛氏が語り明かした「人生と経営」、そして「繁栄への道」――。2018年5月号特集「利他に生きる」の巻頭を飾り、本誌最後のインタビューとなった記事をここに再録する。

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「京都賞」を創設した理由

——稲盛名誉会長が創業された京セラは今年(2018年)で59周年、それから国際的な顕彰事業「京都賞」は今年で第34回を迎えますね。

私は昭和34年、27歳の時に京セラを設立しまして、それ以来誰にも負けない努力を積み重ねると同時に、神様の導き、助けもあって、会社を発展させていくことができました。
設立25周年、ちょうど4半世紀が経過した昭和59年に、200億円の私財を投じて稲盛財団を創設し、翌年から京都賞を開催するようになりました。当初は、「素晴らしい」と称賛してくださる方もいれば、「若いくせに生意気だ」「売名行為じゃないか」と非難する方もいたように思います。

——京都賞を創設されたのは稲盛名誉会長が52歳の時ですけど、こういう素晴らしい賞を52歳でよく思いつかれて実行されたなと改めて深いかんがいを抱いています。

そもそも京都賞を始めることになった動機というのは、当時東京理科大学の教授を務めておられたばんいつ先生との出逢いに端を発します。

——伴五紀先生といえば、生涯に2,000件を超える特許を取得され、「日本のエジソン」や「発明王」と称された方ですね。

そのような高名な先生から、「伴記念賞というのをつくったんだけど、稲盛さんにその賞を差し上げたい」と言っていただきました。あれは確か昭和56年だったでしょうか。
私は記念品を受け取った時に、嬉しいと感じる半面、自分に対して恥ずかしさを覚えました。というのも、伴先生は特許のロイヤリティーや著書の印税から得られる限られた収入をもとに、伴記念賞を設けられたんです。自ら身を削るようにして、研究開発に打ち込む人を顕彰されていることにいたく感心すると共に、会社経営を通じて利益を出している私こそが賞を差し上げる側に回らなければならない。そう込み上げてくるものがありまして、世界のノーベル賞に匹敵するような日本発の賞をつくれればと思いました。
ノーベル財団がどういう考え方でやっているのかをいろいろ調べたんですけど、その時にノーベル賞に詳しい京都大学の矢野とおる先生に相談をしましたら、「稲盛さん、それはぜひやってください」とお墨付きをいただきまして、矢野先生と一緒にノーベル財団に何回かお伺いして、いろいろ説明を受けたことがあります。
そういうことがきっかけで京都賞を創設したのですが、その根底には利他りたの心といいますか、思いやりの心といいますか、皆に善かれかしという気持ちがあるんです。

——利他の心が根底に。

かねてより「人のため世のために尽くすことが、人間としての最高の行為である」というのが私の人生観でありまして、今日まで私をはぐくんでくれた社会のためにご恩返しをしたい。
また、その頃は、人知れず努力を払い、人類の科学・文明・精神的深化の面で著しく貢献した人を顕彰する賞が少なかった。そのような方々をたたえることで、人類社会の発展に少しでも貢献したい。そのような思いから始めました。
毎年、「先端技術」「基礎科学」「思想・芸術」の3つの部門から受賞者を選出し、6月に発表、11月に授賞式や関連行事を行っています。受賞者にはそれぞれディプロマ(臨済宗妙心寺派管長がごうした賞状)、京都賞メダル(20K)、賞金5,000万円が贈られるのですが、今年から賞金額を倍増することに決めました。

——ああ、1億円ですか。

既に私もよわい86を数えるまで年を重ねてきました。おかげさまで京都賞も来年(2019年)、一つの節目である35年を迎えます。日本人の持つ美徳の一つである利他の心を顕彰事業に体現させたい。そういう思いを込めた京都賞が今後さらに光を増し、文明や科学、思想、芸術の発展に大いなる貢献をしてこられた受賞者の方々が世界に向けてさらにさんぜんと輝き続けることを願って、このたび賞金額を1億円に増額することにしました。