2024年8月号
特集
さらに前進
一人称
  • 静岡県立大学名誉教授前坂俊之

人生の真価は
晩節に宿る

先達に学ぶ〝晩晴学〟

古代中国では人生の季節を青春・朱夏・白秋・玄冬と呼んだ。超高齢社会を生きる日本人は、玄冬、晩節の歩み方が切実に問われていると言えよう。加齢と共に輝きを失う人、反対に輝きを増す人の違いは何か。30年余りをその研究に捧げてきた前坂俊之氏の目で、晩節を凛々しく生き抜いた長寿の達人を解剖していただく。

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100年生きる日本人に必須の「晩晴学」

いま、日本に暮らす100歳以上の高齢者、いわゆる〝ひゃく寿じゅしゃ〟が、60年前と比べてどのくらい増えているかご存じでしょうか?

1963年の統計で、その人口は全国でわずか153人でした。それが2023年には、男性1万550人、女性8万1,589人で、合計9万2,139人(約602倍)に増えています。

この傾向は今後も続き、一説には団塊の世代が100歳を迎え始める2047年に50万人を突破、49年には65万人を超えると予測されています。これは昨年(2023年)度の島根県の推計人口約64万9,000人を上回る数字です。

留意すべきは男女共に平均寿命が延びている半面、人の手を借りずに生活できる健康寿命との間に10年前後の開きがあることです。昔と比べたら天国に思える人生百年時代は、晩年に病気や介護など様々な問題をはらんでいるのです。

そんな時代にあって、気がつけばさん寿じゅとなり果てた私がライフワークとして続けているのが、日本の発展に尽くしたリーダーの研究、そして長寿者の研究です。1993年、新聞社を50歳で辞め大学教授に転身して以来、その研究と講演活動のかたわらブログを毎日執筆し、7,000本の記事を公開してきました。かくも早く第二の人生に進んだのには、理由があります。

一つは戦争の爪痕つめあとが生々しく残る岡山市で育ち、高校2年になった時、突然の心筋こうそくで父親を亡くしたこと。52歳でした。もう一つは大学卒業後、作家をこころざして新聞社に入るも、数年後にまさかの倒産を体験したことです。

親父より長く生きたい、一刻も早く自分で生きる力を身につけたい。その一心で記者時代に複数の本を出版し、それが学術的に認められて大学に移籍。前職で深刻な人口予測に触れていたため、どうしたら晩年をしく生き、天寿をまっとうできるか、そのヒントを長寿の達人に求め始めたのです。

折しもこの7月に新1万円札の顔となる渋沢栄一翁が、晩年についてこう言い遺しています。

「人の生涯をして重からしむると軽からしむるとは、一に其の晩年にある。随分若いうちは、欠点の多かつた人でも、その晩年が正しくうるはしければ、其の人の価値はすこぶたかまつて見えるものである」

人生の軽重を決めるのは晩年、晩年が立派でありさえすればその人の価値は上がる。では晩節に輝ける人はどんな人か。私は「ばんせいがく」と題して研究していますが、いまこそ真剣に考えるべきテーマではないでしょうか。

静岡県立大学名誉教授

前坂俊之

まえさか・としゆき

昭和18年岡山県生まれ。44年慶應義塾大学卒業後、毎日新聞社入社。情報調査部などを経て、平成5年静岡県立大学国際関係学部教授。ジャーナリズム論、国際コミュニケーション論等を専門とする傍ら、30年にわたり長寿者研究を重ねる。著書多数。近著に『人生、晩節に輝く』(日本経済新聞出版)がある。