2024年8月号
特集
さらに前進
一人称1
  • スポーツ脳科学者林 成之

脳が求める生き方

さらに前進する人の思考は
どこが違うのか

潜在能力。一度は耳にしたことのある言葉だが、その意味は掴みがたい部分がある。しかし脳神経外科医として医学の進歩に貢献し、脳科学をスポーツ指導に活用して五輪選手らの快挙を御膳立てしてきた林成之氏はこう語る。「潜在能力は誰もが持つ才能であり、それを高めることはできる」。脳の本能を生かし、限界を超えて前進する秘訣を体験から解き明かしていただく。

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何気ないひと言が潜在能力を爆発させた

人は、誰しも〝潜在能力〟というものすごい才能を秘めています。ただ、現実にはそれを実感する機会はほとんどないでしょう。

なぜなら、人間の脳は「自己保存の本能」を持っているからです。普段意識しないだけで、私たちは何をするにも、自分が傷つかないように目標を低く設定しがちです。自ずと潜在能力を意識する機会は限られてしまっています。

30年以上前から潜在能力に着目し、自分のそれを発揮しようとしんしてきた私からすると、自分で自分の潜在能力を放棄している人の何と多いことか。こうした思いがこのたび新著を致知出版社からじょうすべく、執筆にとりかかる直接の契機となりました。

思い返せば、潜在能力を高める方法を悟ったのはまったくの偶然でした。平成3年、52歳の時、母校日本大学の付属病院にて救急救命センター部長を拝命。脳外科専門医として日夜全力投球で仕事にあたっていました。人の命を扱う現場ゆえ、部下の医師や看護師たちも言うまでもなく全力です。ただ、私は単に命を救うだけでは満足できず、患者さんのために世界一の医療をしようと考え、部下たちにも高みを目指してほしいとの思いがありました。そこで、毎朝七時から医局全員で行っていたカンファレンス(集会)の際、何気なくこう問うてみました。

「みんな、もし自分が患者さんの家族だったら、この救命センターで一番優秀な医者に診てほしいと思わないかな?」

これが医局に〝革命〟を起こしました。もともと全力投球が体質化された集団だけあって、大きな目標を与えた途端とたん、それまでの枠を破り、医者も看護師も一致団結して勉強を始めたのです。

それを後押ししたのが、偶然のひらめきでした。笑い話ですが、この発言によってセンター部長の私は彼らから1週間もの当直をお願いされ、自分の肉体的限界を知りました。そこで、センターの医師や看護師がナースステーションやベッドサイド、カンファレンスルームから、また私も自分の部長室から、患者さんの容態を絶えず確認できるコンピュータ管理システムを考えついたのです。世界でも例がない機器でした。

単身渡米して現地企業の門を叩き、試行錯誤の末、後に日大総長になられたざいゆきやす医学部長との二人三脚で高精度モニターを完成。いざ医局に導入すると、看護師も医者同然に患者さんを診る能力がついていきました。人間の脳には重要な中枢(神経核)が集中しており、それらが連動することが潜在能力につながります。医局の中でそれが実現したわけです。

さらに驚きの発見もありました。人の死の法的基準となる脳死は、それまで酸欠などが要因とされていましたが、臨床研究の結果、脳の温度が42℃より高くなると脳細胞の死滅が始まることが判明しました。これが世界初の「脳低温療法」の確立に繋がり、従来は回復不能とされてきたどうこうが開いた患者さんも、4割近くが意識を取り戻せるようになったのです。

これは周囲に起きた変化のごく一部です。何気ないひと言が潜在能力を発揮させ、救命センター全員の意識を変え、医学界に衝撃を与える数々の研究成果を生みました。けたちがいの目標を掲げ、全力投球することが、潜在能力をさらに進化させることを知ったのです。

スポーツ脳科学者

林 成之

はやし・なりゆき

昭和14年富山県生まれ。日本大学医学部、同大学大学院博士課程修了。マイアミ大学医学部、同大学救命救急センターに留学。平成3年日本大学医学部附属板橋病院救命救急センター部長に就任。27年より同大名誉教授。脳低温療法を開発し国際脳低温療法学会会長も務めた。主著に『〈勝負脳〉の鍛え方』(講談社現代新書)などがある。