2017年3月号
特集
艱難汝を玉にす
インタビュー
  • 北海道日本ハムファイターズ監督栗山英樹

チームを日本一に
導いたもの

昨年(2016年)、激闘の末に日本シリーズで広島東洋カープを破り、10年ぶりの日本一に輝いた北海道日本ハムファイターズ。その栄光の立役者になったのが、今年(2017年)監督就任6年目を迎える栗山英樹氏だ。固定観念に囚われない采配や、選手の能力を最大限に引き出す指導などで定評のある栗山監督は、いかにしてチームを頂点へと導いたのか。選手時代から幾多の艱難辛苦を乗り越え、いままさに玉のような輝きを放つ栗山監督の言葉から、組織を活かすリーダーの神髄を学ぶ。

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日本一の頂に立って見えてきたもの

──昨年は日本シリーズで広島東洋カープを降し、監督就任5年目にして初の日本一、おめでとうございます。

ありがとうございます。

──シーズンを終えて、いまのご心境はいかがですか?

正直なところ、心配なことばかりですね。というのも、日本一という頂に立った時に見えてきた景色というのが想像していたものと全然違っていて、野球で勝つために必要なことや、いまのチームに足りないものといったことばかりだったんですよ。

──つまり課題がより明確になったということでしょうか。

ええ。我われは日本一になりましたが、日本一のチームになったわけではありませんからね。
そんなわけで日本シリーズが終わった時点では精も根も尽き果ててヘトヘトになっていたはずなのに、2日もするともう野球のことばかりを考えていた(笑)。日本一になれたことで確かにホッとしましたけど、優勝の喜びというのを味わったとすればその一瞬だけでしたね。

──喜びは一瞬だけだと。

日本シリーズで勝ち切った後のインタビューが非常に冷静だったとよく言われるんですけど、僕は試合に勝って嬉しいというわけじゃないんですよ。
それよりも、例えば日本シリーズ第5戦で西川遥輝が9回裏にサヨナラ満塁ホームランを打ちましたよね。遥輝にはそれこそ超一流選手になってもらいたくて、シーズン中は登録抹消という荒療治をしたこともありました。もともと能力の高い選手なだけに、何とか遥輝らしくなってほしいという思いがずっとあったんです。
それがようやくシーズン終盤になって結果を出すようになって、ここぞというところで打ってくれた。その日の勝利監督インタビューで少し涙ぐんでしまったのは、遥輝が頑張ってきたことを野球の神様が見ていてくれたんだなって思っていたからなんです。

──常に選手の成長を見ておられるわけですね。

この選手はこんなふうに成長するんだっていうイメージは常に持っています。もしくは、こういう野球ができるはずだって。もともとプロの世界に入ってきた選手には、皆ものすごい能力がありますからね。でも例えば調子が悪いとか、何らかの理由でそれができない。
僕はキラキラするっていう表現を使うんですけど、グラウンドの中で自分らしくプレーできている選手というのはキラキラして輝いています。その姿にファンの人たちは憧れを持ち、子供たちは夢を持つ。だから僕の役割は、選手たちをそういう存在にしてあげることであって、選手全員が自分らしくプレーできれば自ずと優勝できると思ってやってきました。

北海道日本ハムファイターズ監督

栗山英樹

くりやま・ひでき

昭和36年東京都生まれ。59年東京学芸大学卒業後、ドラフト外でヤクルト・スワローズに入団。平成元年ゴールデングラブ賞を受賞。2年に現役引退後は、解説者、スポーツジャーナリストとして活動。23年北海道日本ハムファイターズ監督に就任。就任1年目にしてチームをパ・リーグ優勝に導くも、翌年は最下位に低迷。28年にはパ・リーグ優勝と日本一を成し遂げた。著書に『未徹在』『「最高のチーム」の作り方』(ともにKKベストセラーズ)など多数。