2024年9月号
特集
貫くものを
対談
  • JFEホールディングス名誉顧問數土文夫
  • 東洋思想研究家田口佳史
世界に底力を示すために
日本が貫くべきもの

2050年の
日本を考える

「日本は2025年に再び甦る兆しを見せるであろう。そして2050年には、列強は日本の底力を認めざるを得なくなるであろう」。国民教育の師父と謳われた森信三師はその晩年、こう予言したという。残念ながら、深刻な内憂外患に直面する我が国にまだ明るい兆しは見えてこない。森師の言葉を真実にするために私たちは何を成すべきであろうか。弊誌でもお馴染みの數土文夫氏と田口佳史氏に、2050年に向け日本が貫いていくべきものを忌憚なく語り合っていただいた。

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日本が甦る兆しは見えるか

數土 きょうは「2050年の日本を考える」というテーマで田口さんと対談してほしいということですが、非常にいいチャンスをいただいて感謝しています。
『論語』に「遠きおもんぱかり無ければ、必ず近きうれい有り」という言葉がありますが、日本が戦後ダメになったのは、目先、鼻先のニンジンばかり一所懸命追いかけてそれなりの成果を上げてきたけれども、いよいよ世界のトップに立てそうになった時にニンジンが消えてしまった。それで何をしていいか分からなくなったというところじゃないかと思うんです。要は「百年の大計」とも言うべき長期的視点に欠けていたわけです。

田口 おっしゃる通りですね。

數土 ただ、昨日ソフトバンクの孫正義さんの話を聞いていたら、いまAIがすさまじいスピードで進化していて、とても人間には予想がつかないんだと。経営においても、最近は長期計画を作成しない会社が増えています。世の中の変化が激し過ぎて、つくっても意味がないからです。
ですから、あまり先のことは人知を超えてしまって分からないけれども、2050年という25年のスパンで日本と我われ一人ひとりのあり方を考えるというのは、非常にいいことじゃないかと思うんです。

田口 私も、こういう企画を考えていただいてとてもありがたいですよ。

數土 対談に先立って致知出版社の藤尾社長から教えていただきましたが、森信三先生が晩年に「日本は2025年に再びよみがえきざしを見せるであろう」とおっしゃったそうですね。
確かに海外の経済学者の中にも、日本の力がそろそろ爆発する頃だろうと言っている人がいます。日本はバブル崩壊以降長らく低迷を続けて、失われた30年とも揶揄やゆされてきたが、いつまでも地べたをい続けているような国ではないだろうと。
実際、日本の個人金融資産は2,000兆円にも達しているし、対外純資産も33年連続世界トップ、外貨準備高も世界で5本の指に入っており、日本という国の信頼感は大きいと。そして経営においても、いろんな不祥事はあったけれども、商法や会社法の改正など様々な改革を進めてきたことでオープンマインドになってきた。だからそろそろ爆発する時期ではないかと言うんです。
ところがここへきてウクライナやイスラエルで戦火が起こり、なかなか収束していかない。そしてアメリカの景気がなかなか沈静化しない中で、日本は利上げに踏み切らなければ、円安はますます進んでいくでしょう。加えて、日本は少子化という非常に大きな問題を抱えています。それを補填ほてんするために海外から働き手を呼び込もうとしているけれども、円安による賃金の目減りで思うように人が集まらない。

田口 以前のようにはいかないようですね。

數土 そして何と言っても、日本人の平均年収が低い。新卒の平均年収はスイスが約900万円であるのに対し、日本は約300万円ですよ。生活保護を受けている家庭も戦後最多ですしね。

JFEホールディングス名誉顧問

數土文夫

すど・ふみお

昭和16年富山県生まれ。39年北海道大学工学部卒業後、川崎製鉄入社。常務、副社長などを経て、平成13年社長に就任。15年経営統合後の鉄鋼事業会社JFEスチールの初代社長となる。17年JFEホールディングス社長に就任。経済同友会副代表幹事、日本放送協会経営委員会委員長、東京電力会長を歴任し、令和元年より現職。著書に『徳望を磨くリーダーの実践訓』(致知出版社)。

素晴らしい知的遺産が生かし切れていない

田口 私も最初に海外の見立てを紹介しておきたいと思います。
まず、私の講座の長年の受講生で、ハーバード大学のシニアフェローを8年も務めた人とアメリカ在住の議会関係者に、アメリカが日本をどう見ているのかを聞いてみました。彼はすぐに向こうのシンクタンクのデータを送ってくれましたけど、この50年日本を危ういと見ているところは一つとしてなく、意外なほどに日本を高く評価しているんですよ。
それから、フランスのマクロン大統領の側近で、私が懇意にしている東洋思想の大家にも電話して、ヨーロッパの見方を聞いてみました。そうすると、日本は民度が高いし、人格、教養、教育も非常にしっかりしていると。だから今後大きな災害でもない限り、必ずまた復活して世界をリードしてくれるはずだと言いました。もちろん社交辞令も含まれているでしょうけれども、思った以上に日本の評判はいいんですよ。
そういう見方がどこから来ているのかと言えば、彼らは日本の偉人のことをものすごく勉強していますね。だから一緒に話をしていても、西郷南洲なんしゅうの名前が挙がったり、横井小楠しょうなんや佐久間象山しょうざんが出てきたりしますし、日本の若ぞうざん者とは比べものにならないくらいの知識、見識に基づいてそういう分析をしているわけです。

數土 確かにおっしゃる通りだと思いますが、そういう評価をしてくれているのは一握りのエリートだけだと思うんですよ。最近の日本はだらしない、というのが大方の見方ではないでしょうか。韓国の若い人なんか、自分たちはもう日本に勝ったと思っているし、実際にその通りの部分もありますからね。
自分たちのよいところと悪いところを冷静に分析することが大事ですが、いまの田口さんのお話を聞いて、のぼせ上がる人が出てきてしまっては困りますね(笑)。

田口 確かにそうなっては困ります。
ただ私が言いたいのは、我われ日本人はものすごい知的遺産を持っているということ。そしてそのことに自信を取り戻すべきだということなんですよ。欧米人が日本の偉人を熱心に研究し、日本を高く評価しているのは、逆に解釈すれば、素晴らしい知的遺産を生かし切れていない現代日本人が嘆かわしい、というメッセージでもあると思います。
私は、3年前から東洋思想の素晴らしさをニューズレターにまとめて英語版と中国語版を毎月世界各国に配信しているんですが、反応がものすごいんです。それはなぜかと言うと、いまの欧米は近代西洋思想の行き詰まりにあえいでいて、打開の道を模索する中で、東洋に新時代を切り開くヒントとなる何かすごいものがあるぞと関心を高めているわけです。
我われ現代日本人は、まずこのことを踏まえて改革に取り組むべきではないでしょうかね。

東洋思想研究家

田口佳史

たぐち・よしふみ

昭和17年東京都生まれ。新進の記録映画監督としてバンコク市郊外で撮影中、水牛2頭に襲われ瀕死の重傷を負う。生死の狭間で『老子』と運命的に出合い、東洋思想研究に転身。「東洋思想」を基盤とする経営思想体系「タオ・マネジメント」を構築・実践し、1万人超の企業経営者や政治家らを育て上げてきた。配信中の「ニューズレター」は海外でも注目を集めている。主な著書(致知出版社刊)に『「大学」に学ぶ人間学』『「書経」講義録』他多数。最新刊に『「中庸」講義録』。