2022年6月号
特集
伝承する
  • 中国思想史家竹内弘行

『孝経』が教える生き方

孔子の説く親孝行の教えを抽出し、古来、数ある古典の中でも『論語』と並んで別格の位置づけをされ、大切にされてきた『孝経』。家族の絆が薄れ、様々な問題が噴出する現代に、この教えから学ぶべきことについて、中国思想史家の竹内弘行氏にお話しいただいた。

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家族の一員としての自覚が求められている

育児放棄、幼児虐待、親殺し、子殺し……家族を巡る痛ましい事件が後を絶ちません。

先の戦争を境に、家族はしき封建制度の名残なごりとして否定的に見られるようになり、家族よりも個人を重視する風潮が広がりました。それに伴い、かつて大切にされていた「孝行」という考え方が軽視されるようになったことは、冒頭に記したような事件が頻発ひんぱつする現状と無関係ではないでしょう。

こうしたいまの日本において、一人でも多くの方にひもといていただきたいと私がせつに願っているのが、『こうきょう』です。

『孝経』は、いまから2000年前に古代中国でまとめられた書物で、儒教の祖・孔子が、3,000人いたといわれる弟子の中で最も親孝行者の曽子そうしに、親孝行についての教えを説く形式でまとめられています。儒教の中核を四書五経ししょごきょうには含まれていませんが、その重要性は『論語』と共に高く位置づけられ、東洋社会の家族道徳の原典として、長きにわたり人々に大きな影響を及ぼし続けてきました。

「孝」とは、中国古来の道徳観念の1つでした。その字形は、老人の「老」の下に「子」を配したもので、子が老いた親を支えて孝養を尽くすことを表していました。そして、子が孝養を尽くすことを「孝行」といい、ここに道徳の根拠を置いて「仁」(愛)の始まりとしたのが孔子です。孔子の思想における「孝」は、彼が最も重視した「仁」(愛)の思想の根本に位置していました。

『孝経』は日本へも早くから伝わり、701年に施行された法典・大宝律令には、「およそ経は、周易しゅうえき尚書しょうしょ周礼しゅらい儀礼ぎらい礼記らいき毛詩もうし春秋左氏伝しゅんじゅうさしでん各一経をおさむ。孝経、論語は、学ぶ者、これを兼習す」という記述が見られます。

これは、当時の大学で修めるべき教典について記したもので、周易から春秋左氏伝までのうち1つを選択すると共に、『孝経』と『論語』が共通の必須科目として指定されており、この2つが別格の扱いだったことがうかがえます。朝廷や将軍家に対しても度々『孝経』の進講が行われ、江戸時代には幕府が儒学を国の統治に利用したことで、その価値観は広く浸透しました。

また『続日本紀しょくにほんぎ』にも、「古者いにしえ、国を治め民を安んずるに、必ず孝をって治む。百行の本、これより先なるはなし。よろしく天下をして家ごとに孝経一本を蔵せしむべし」というみことのりが記してあり、家庭に『孝経』を常備してこれに学ぶようにと説かれています。これは、当時先進国であった中国で『孝経』を一家に1冊置いて学ぶことが命じられており、日本もこれにならったものと思われます。

あいにく先述の通り、戦後は日本人の間から「孝」についての意識が薄れ、『孝経』を知らない人が大半になりました。私は、いまのこの民主主義の世に、かつての封建的な親子関係の復活を望んでいるわけではありません。しかし、家族を巡る問題が頻発ひんぱつするいま、親は親、子は子という自覚を持って行動することの大切さを、いま一度思い起こすべき時にきていることを痛感しています。

一人ひとりが家族という母体から生まれ、家族を構成する一員であることを自覚し、もう一度心のり所としての家族の価値を取り戻すこと。そのためにも『孝経』を繙き、かつて家族を支えてきた孝の思想とはどんなものだったのか、虚心に振り返り、その原点を考えるべき時だと私は強く思うのです。

中国思想史家

竹内弘行

たけうち・ひろゆき

昭和19年愛知県生まれ。九州大学助手、高野山大学専任講師、名古屋学院大学助教授・教授、名古屋大学大学院教授を経て、現在名古屋大学名誉教授。中国思想史専攻。著書に『十八史略』(講談社)『孝経』(たちばな出版)など。