2022年3月号
特集
渋沢栄一に学ぶ人間学
我が心の渋沢栄一⑥
  • 文筆家奥野宣之

自分の〝プリンシプル〟
に忠実に生きる

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大人たちへの違和感を晴らしてくれた存在

人が生きていく上で、お金が大切であることは確かです。けれども、いまの世の中はあまりに経済的成功、拝金主義に走り過ぎていないだろうか? 私は子供の頃から、大して欲しくもないのに、見栄で高い車や家を買う大人の姿を不思議に思って育ちました。そんな違和感を晴らしてくれたのが、かの渋沢栄一でした。

渋沢との最初の接点は14年前、私の代表作となる『情報は1冊のノートにまとめなさい』を出版し、文筆家としてデビューした28歳の時。ちょうどリーマン・ショックで世界経済が混乱し、資本主義への疑問が噴出していた頃でしたが、ある本で渋沢の言葉に触れたことをきっかけに『論語と算盤』を読み、衝撃を受けたのです。

同著が出版されたのは1916(大正5)年。「日本の資本主義の父」である渋沢が、この時既に資本主義を正面から否定するような思想を記していたのです。

100円の品を150円で売るより、1,000円で売ったほうが儲かるに決まっている。だがそれは不当な利益だと。利益を上げることは正しいが、正しい利益と正しくない利益がある―これが『論語と算盤』の発想です。

明治、大正と時代が移り、お金もうけ(算盤)の邪魔になる道徳(論語)を頭の隅に追いやる実業家が多数を占める中、渋沢は茶化ちゃかさず、逃げず、小細工なしで堂々と道徳を説き続けました。どこぞのお金のない学者が叫ぶのではなく、ビジネスで頂点に立った人が言うからこそ説得力があります。

また、ものものしい言葉ではなく、「論語」と「算盤」というごくありふれた、野暮やぼなタイトルをつけているところにもかれました。見栄やこだわりがなく、軽やかで自分のことに興味がない。そのシンプルで綺麗きれいな生き方が私にはとても気持ちよく、本書を折に触れて読んでは人に薦めてきました。

文筆家

奥野宣之

おくの・のぶゆき

昭和56年大阪府生まれ。同志社大学文学部卒業。出版社、新聞社勤務を経てライターとして独立。執筆、講演活動を行う。著書に『情報は1冊のノートにまとめなさい』(Nanaブックス)など。「いつか読んでみたかった日本の名著シリーズ」(致知出版社)では『学問のすすめ』『論語と算盤〈上・下〉』の現代語訳を担当。