2019年1月号
特集
国家百年の計
対談
  • (左)中村学園大学教授占部賢志
  • (右)授業道場野口塾主宰、植草学園大学名誉教授野口芳宏
人づくりこそ国づくり

日本の教育はこれでいいのか

深刻化する一方のいじめや不登校、学校教育の迷走、家庭教育の崩壊……。数々の教育改革にも拘らず、教育の荒廃に歯止めが掛かる兆しは見られない。教育再建に新たな道は開けるのだろうか。長年学校教育に携わり、いまなお志ある教師の育成などに尽力する野口芳宏氏、占部賢志氏の話を通じて教育者が立ち戻るべき原点が見えてくる。

この記事は約24分でお読みいただけます

個性尊重の教育で人間は幸せになったのか

占部 野口先生とお会いするのは数年ぶりですが、相変わらず全国を飛び回るお忙しい毎日を過ごされているようですね。

野口 ええ。教師を辞めた後、自分にやれることはないかと思って66歳で始めた「授業道場 野口塾」は、おかげさまで北海道から鹿児島まで広がっています。ほんの数回で終わるかと思っていたら、かれこれ20年、200回になりますよ。

占部 私の親しい教師にも、先生の塾生がいて、お話はいつも伺っています。今回の『致知』のテーマは「国家百年の計」ですが、今後の日本を考えた場合、どのような教師を育成するか、子供たちに何を教え、どう育てるかは、とても重要な柱になってきますね。その意味でも、野口塾のような私塾があることは、とても心強いと思っています。

野口 恐縮です。野口塾では、具体的な授業のやり方から教師としての心構え、当然知っておくべき日本の歴史まで幅広くお話ししているのですが、そこに参加してくれるような教師はごく一つまみで、まぁ、ごまめの歯ぎしりのようなものですがね(笑)。
私がいまの教育を踏まえて強く思うことの1つは、「公」という考えが失われていることです。敗戦前の日本の気概が「滅私奉公めっしほうし」だったのに対して、いまは「滅公奉私」。公を滅ぼして自分が好きなようにやればいいというように公と私の関係が逆転してしまった。その結果、皆が幸せになったかというと、いかにも一人ひとりの自由が保障されて幸せのように思うけれども、勝手者が増えますから、結局は幸せにならないんですね。

2つ目はそれと関わることですが、子供の個性ばかりを尊重し、それまでの社会常識や通念が崩れてしまったことです。それによって人間同士のつながりが大変希薄になってしまった。子供会、婦人会などというものは、いまや風前の灯火ともしびです。それどころか学校の部活ですら運営がままならなくなってきています。
もう1つ挙げると、横の文化が王座を占めるようになって、親子関係や師弟関係、年長者を敬うという古くからの縦の文化が崩れてきた。「仰げば尊し」のような素晴らしい歌が卒業式で歌われなくなったのもその象徴でしょう。

授業道場野口塾主宰、植草学園大学名誉教授

野口芳宏

のぐち・よしひろ

昭和11年千葉県生まれ。33年千葉大学教育学部を卒業後、国・公立小学校の教諭に。平成4年校長に就任。8年定年退職し、北海道教育大学教授に。13年退官。現在は植草学園大学名誉教授の傍ら「授業道場 野口塾」を主宰し、現役教師の指導に取り組む。著書に『教師の心に響く55の名言』(学陽書房)『授業づくりの教科書 道徳授業の教科書』(さくら社)など多数。

平成に入ってから教育は明らかに変わった

占部 野口先生とまったく同じことを、私もずっと感じていました。戦後教育という視点でとらえれば70年ですが、私は平成の30年間を振り返ることも、大変大きな意味があると思っているんです。私が高校教師として生徒たちと関わってきたのは昭和50年代から平成の時代ですが、平成に入ってからまず教師が、次に保護者や生徒が変わっていったことに大変強い違和感を覚えました。
よく「いまと違って昔はこうだった」と言いますね。大して変わっていなくてもそう言います。ところが、いろいろと実証的に分析してみると、平成に入ってからの教育はやはり明らかに変わっているんです。平成に行われたこととして例えば、いくつかの大きな制度改革が挙げられます。

野口 確かにそうですね。

占部 誰にでも分かるのが「教育基本法」の改正です。それまで欠けていた伝統の尊重や、国や郷土を愛する態度の育成などが盛り込まれて随分いいものになりました。
福岡で現役の高校教師だった頃、社会科の授業で新入生にアンケートを取ったことがありますが、それを見ると小中学校の道徳教育は席替えやレクリエーション、人権学習の時間などに利用するケースが大半でした。しかも、子供たちにはほとんど印象に残っていないんです。それに、組合の教師たちは道徳教育に反対ですから、道徳を真面目まじめにやるように言われても、お茶を濁す程度のことしかできないんですね。

その道徳が「学習指導要領」の改訂によってこの度教科に格上げされました。都道府県の対応を見ると、非常にいい副教材をつくっているところがあります。熊本県と市の教育委員会がつくった副教材には熊本大地震が取り上げられています。「大きな揺れが来たとき、私を守るように覆いかぶさったお母さん」「壊れそうな家の中からランドセルを見つけ出してくれたお父さん」などの体験談や、避難所の仮設トイレを使ったお年寄りが手を洗えるように、やかんで水をかけ続けた小学生の事例などが紹介されています。
このやかんの話では、その子供を探し出して直接インタビューまでしたそうです。これはなかなかいい教材です。
ただ、これはたまたまいい例であって、平成時代の教育の実態はどうかというと、30年間で日本の教育はますます悪化しています。「教育基本法」の改正に伴い確かに教育改革は進みました。いじめ対策も立法化までして取り組んでいますが、いじめ問題も不登校も結果的に増えている。

野口 私も占部先生のいまのお話に全く同意見です。先生は制度の改革が成果に結びついていない理由をどのようにお考えですか。

占部 やはり中身が伴っていないんですね。平成11年に国旗国歌法が施行されましたが、先生たちはいまも多くが歌っていません。歌っていないけれども起立していますから、一応は歌ったとカウントして報告される。それと同じで制度のいじくりだけが進んでいるわけです。
一方で大変面白いのは、外国人の目によって日本の教育の素晴らしさが分かってきたのも平成なんです。阪神・淡路大震災の時、諸外国から報道関係者や調査団が避難所を訪れて、あの過酷な状況の中で人々がゴミの分別をきちんとやっていた姿を見て大変感動し驚くんです。実際、韓国の新聞はそのことを大きく報じています。
アメリカの調査グループはさらに、その理由を調べました。そこで分かったのが、日本人の整然と協力する姿勢の背景に小学校からの班単位による学校掃除があることでした。

野口 日本の学校のどこでも行っている清掃活動が背景にあったというのですか。

占部 ええ。日本人にとってはそれが当たり前でも、子供に学校掃除をさせない国が多いのが現状ですから、外国人にとっては驚くべきことだったんですね。エジプトでは崩壊寸前の教育を再建するために、大統領自ら日本の学校掃除に注目し、いま学校に掃除を導入しています。学力世界一のシンガポールも、頭だけの教育じゃ駄目だというので、一昨年から日本の学校掃除を取り入れています。

中村学園大学教授

占部賢志

うらべ・けんし

昭和25年福岡県生まれ。九州大学大学院博士課程修了。高校教諭を経て、現在、中村学園大学教授。傍ら、NPO法人アジア太平洋こども会議・イン福岡「日本のこども大使育成塾」塾長などを務める。著書に『語り継ぎたい美しい日本人の物語』『子供に読み聞かせたい日本人の物語』(ともに致知出版社)などがある。